CCS特集第2部:コンビケム/HTS最新動向

新薬開発への新しいアプローチ

 1998.11.21−コンピューターケミストリーシステム(CCS)の世界は、いまや新薬開発を具体的なアプリケーションとする分野に完全にシフトしつつある。1990年代半ばに彗星のように登場したコンビナトリアルケミストリー/ハイスループットスクリーニング(HTS)技術はすでに完全に定着しつつあり、国内の製薬会社もこの数年でようやくキャッチアップの体制を整えてきている。しかし、ロボットを利用した大量の合成とスクリーニングは、これまでの研究開発のスタイルを一新させるものであり、思うように進まないところが少なくないこともまた事実のようだ。欧米の大手製薬会社は、次の技術として“バイオインフォマティックス”を使用した“ジェノミックス創薬”への取り組みを開始しており、国内の製薬産業にとっては重大な脅威になりつつある。一方、欧米の大手CCSベンダー各社はここへ来てコンビケム/HTSへの対応を完了させつつあるが、バイオインフォマティックスについてはまだまだ新興のベンダーが多く、来年にかけてはこのあたりの業界模様も興味深い。

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 健康で長生きすることは古代からの人類共通の願いである。とりわけ、生活が豊かになった人々が何よりも求めるのが健康であり、21世紀に向けてこうした“ヘルスケア”産業が巨大なビジネスを形成すると目されている。

 新薬の開発は時として巨額の利益を生み出すが、昔ながらの試行錯誤的な研究や幸運を当てにした探索では、もはや画期的な新薬にたどり着くのは難しい。そこで、80年代後半から90年代にかけて発展した計算化学技術/分子モデリング技術を利用して、新薬開発のためのCCSが内外で多数登場し、ブーム的な状況を呈したこともあった。

 自然界はすべて厳密な原理のもとに動いているので、基本的には計算であらゆる事象が解明できるはず。しかしながら現段階での結論を述べれば、「人類の知識は計算だけで新薬を開発できるレベルに達していなかった」ということになろう。そこで、計算とは違ったアプローチから新薬に迫る技術がコンビケム/HTSであり、CCSも計算からこちらの方向へとシフトしてきているわけだ。

 コンビケムは、ある母核構造を中心とし、そのいくつかの置換基部分にそれぞれ複数の部分構造群(Rグループと称する)を順次当てはめ、その組み合わせによって大量の構造を発生させようという考え方。アミノ酸を原料にして固相でビーズ上にペプチドを合成する技術がベースになっており、96穴のマイクロプレート上でいろいろな処理が行われる。例えば、あるRグループを反応させて96種類の化合物をつくり、それぞれに対して別のRグループを反応させれば、得られる化合物の数は指数的に増えていく。手作業では、普通の研究者が1年に数10個の化合物を合成するのが限度だが、欧米では1人当たり1週間に200化合物を合成する例もあるという。

 当初は、もっぱら固相合成に限られていたが、最近では液相合成も可能になり、得られる化合物の選択の幅はさらに広がっている。また、ビーズの代わりにプラスチックのピンの上に化合物を生成させ、そのピンをマイクロチップ入りの小さな容器に収めて管理や追跡を容易にする“ラジオ・フリクエンシー・タグ”(無線タグ)と呼ばれる技術も登場している。すでにこれを導入している旭化成工業の林紘ライフサイエンス総合研究所長は、「コンビケム合成ではサンプルの数がとにかく膨大になるので、どれが何かを把握するのがたいへん。この技術はビーズよりも格段に扱いやすく、合成の人間にも取っ付きやすかった」と述べる。

 合成に際しては、プレート上でどのように反応を行わせるかのプロトコルづくりやバリデーションが重要になり、「実際にはそこで9割の時間がかかる。そのためには反応情報や試薬のデータベースをいかに充実させておくかがカギになる」(同)という。

 さらに、アッセイから物性分析まで全体のプロセスが統合的に流れてはじめてコンビケム/HTSが有機的に機能することになる。このように多くの装置とそれにともなう情報が完全に統合されていることが重要で、システムを提供するCCSベンダーにも高度な技術力・インテグレーション能力が要求される。

 ロボットアッセイだけですべてが間に合うわけではないので、マニュアルアッセイの結果もうまく情報に統合するような仕組みも必要であり、こうしたニーズも多くのユーザーの間で具体的に高まってきているようだ。旭化成のシステムはこうした要件にもすでに対応ずみだ。

 林所長は「コンビケム/HTSは多くの技術の集積であり、1つのベンチャーからの技術導入だけですむものではない。創薬支援システムという大きな枠組みの中では、計算やモデリング、バイオインフォマティックスなどさらに多くの重要な技術が存在しており、それらをうまく組み合わせて研究活動を行う必要があることがわかってきた」と話している。

 ただ、これらの新技術は例えばソフトからピンの1本にいたるまですべてが外国製であり、国内ユーザーはイニシャルコスト/ランニングコストともに不利な立場に置かれているともいえる。ここ数年のCCS市場全体の傾向としてもうかがえることではあるが、“国産不在”の状況が長く続くことはある意味で憂慮すべきことであろう。