豊橋技科大・船津助教授ら、合成経路設計システムを公開

経験型TOSPを無償で、AIPHOSファミリーの総合体系を確立へ

 2001.02.27−豊橋技術科学大学の船津公人助教授らのグループは、有機化合物を合成するための反応経路を自動的に探索するコンピューターケミストリーシステム(CCS)を開発、完成した一部機能の無償での頒布を開始した。これら合成経路設計支援システムは1980年代前半まで欧米で活発に開発が試みられたが、困難さゆえに現在も開発を続行しているグループは世界にも数が少ない。船津助教授らは相互補完的な3つのシステム群を開発しており、実際の有機合成の現場での実用性も高まってきている。反応経路予測の精度をさらに高めるためには有機合成研究者の協力やノウハウ提供が不可欠であり、プログラム公開を通して利用者の裾野を広げ、研究体制を強化したいという狙いもある。

 船津助教授らの研究グループは、「AIPHOS」(エイフォス、Artificial Intelligence for Planning and Handling Organic Synthesis )の名称で15年前から独自の合成経路設計支援システムの開発を進めており、1994年4月までの5年間にわたって関西化学工業協会での産学協同プロジェクトが行われた実績もある。その参加企業との間で引き続き研究組合が組織されている。4年ほど前からはAIPHOSを補完する「TOSP」(トスプ、Transform-Oriented Synthesis Planning)と「KOSP」(コスプ、Knowledgebase-Oriented Synthesis Planning)の開発もスタートし、現在では“AIPHOSファミリー”としてのシステム体系が整ってきた。

 もともと合成経路設計支援システムは、標的化合物の結合を切断することにより、反応の一段階前の化合物を導き出そうという“逆合成”の考え方に基づいたもの。逆合成を繰り返すことによって合成経路を組み立てていくわけだが、逆合成を行う際の観点(どの結合を切断するのかという戦略部位の判断)において、過去の合成反応データをもとにする経験型と、電荷や電気陰性度などの物理化学データを基礎にする論理型に分かれる。また、それぞれ処理途中で研究者が検討を加えられる会話型と、一気に最終回答を提示するバッチ型に分類される。

 米国のLHASA(経験型/会話型)や欧州のEROS(論理型/バッチ型)などのシステムが有名だったが、ともに現在では開発は停止しているようだという。AIPHOSは論理型と経験型のハイブリッドを目指して開発されたもので、その意味で世界的にもユニークな位置付けにある。これに加え、経験型/バッチ型のTOSP、経験・論理ハイブリッド型/バッチ型のKOSPをラインアップしてしてAIPHOSファミリーを構成しているのが現状。AIPHOS自身は、KOSPよりも論理志向が強く、会話型が基本ながらバッチ型処理も可能となっている。

 今回、公開しているシステムはTOSPで、CACフォーラム(http://www.cac-forum.gr.jp)を通して無償で頒布を行っている。TOSPは、既知の有機合成反応を知識ベース(KB)として蓄積しており、それをもとに逆合成のステップを導き出す仕組み。標的化合物の分子構造を入力し、例えば第3ステップまで遡ると指定してやると、一気に合成ツリーを作成して表示することができる。有機合成研究者にとっては、自分がよく知っている反応が答えとして出てくるのでわかりやすいという特徴があるという。回答提出までの処理速度も速い。

 一方で、これで適当な反応経路が得られない場合、または経験的な情報にしばられずにいろいろな経路を広く網羅したい場合は、AIPHOSやKOSPを利用することができる。逆合成の戦略部位のパターンに着目する際、論理性・新規性を重視するときにはAIPHOSが、比較的実際性のあるパターンで絞り込みたいときにはKOSPが有効になる。ともにKBを備えているので、新規な反応でもどの程度の実際性があるのか、反応条件がどうなるのかなどを評価し判断することが可能。論理性により重点を置き、研究者が会話的にきめ細かく調整しながら合成経路を探ることができるという点で、AIPHOSの方がよりプロフェッショナルなシステムだということができるだろう。

 AIPHOSでは、通常のKBに加えて、理論化学計算を用いて分子の遷移状態を推定し、その活性化エネルギーを反応予測に用いる機能を開発中。システムが提案した反応経路のランキング付けに利用する。本来はその都度計算をするのが好ましいが、時間的制約の面で現在のコンピューターの処理速度では現実性がないため、あらかじめ計算しておいた値を蓄積しておく“遷移状態ライブラリー”の開発をCACフォーラムと共同で進めている。船津助教授は「計算化学では電子状態などの解析はできるが、反応経路はどうやっても出ない。理論計算の結果をAIPHOSでうまく利用することによって、計算化学と情報化学の理想的な融合が可能になると思う」と述べている。

 また、「AIPHOSファミリーを産業界に役立つシステムにしたい。そのためには、コンピューター側の人間だけで開発してもダメなので、合成や反応に強い化学者の協力が不可欠。TOSPはすでに完成したシステムで、既知の反応が出てくるので合成研究者にもとっつきやすく、気軽に使ってもらえると考えた。CACフォーラムを通して無償で公開することで、合成経路設計支援システムに関心をもってもらい、仲間を増やしたい」とも話す。

 なお、AIPHOS、KOSP、TOSPはUNIXとウィンドウズのクライアント/サーバー環境で利用でき、LAN上でも、リモートログインで遠隔地からでも自由に使用することができる。共通のクライアントソフトがウィンドウズ版で提供されており、ユーザーは内蔵の分子エディターで構造式を記述し、どのプログラムで予測するかを選んで(CACフォーラムから提供されるものはここでTOSPしか選べない)、逆合成ステップ数を指定し、あとはボタンを押すだけ。簡単な操作が特徴となっている。