九工大・柏木教授らがたん白質の全電子の量子化学計算に成功

密度汎関数法でチトクロムCを計算、たん白質機能設計に道

 2001.04.11−九州工業大学の柏木浩教授らのグループが、たん白質の全電子状態の量子化学的計算に世界で初めて成功した。ポストゲノム研究でたん白質分子が医薬品や環境ホルモンのような物質とどのように相互作用するのかを明らかにするためには、その電子状態の情報を得ることが不可欠だが、計算量が膨大になるためこれまでに成功例はなかった。今回、柏木教授らのグループは計算効率の高い密度汎関数法を用い、コンピューターの大規模クラスターを利用することによってそれを実現した。たん白質の量子化学計算が可能になったことは、たん白質の電子の振る舞いを半導体と同じレベルで予測できることを意味する。この結果、分子素子や触媒・医薬などいろいろな機能を持つたん白質の設計を量子論的に行う道が開かれたわけで、コンピューターケミストリーの画期的研究成果として世界的にも注目されよう。

 今回、柏木教授らのグループが計算対象にしたのは電子伝達たん白質として知られる「チトクロムC」。104個のアミノ酸とヘム(鉄ポルフィリン)が結合したもので、1,738個の原子と6,586個の電子を持っている。これは、生命エネルギーをつくり出すミトコンドリアという細胞顆粒の中で電子を運ぶ役割を果たしている。今回の計算の結果、たん白質間の電子移動の新しいビジョンを得るという成果ももたらされた。

 非経験的分子軌道法は、量子力学に基づいて分子の電子状態を解析する唯一の方法で、計算手法としてはハートリー・フォック法や密度汎関数法(DFT)など各種がある。しかし、計算時間がかかり過ぎるため、実用的には百原子ほどの分子を扱うのが限界だとされている。また、今回のチトクロムCのように金属を含むたん白質の計算事例がまったくないという問題もあった。

 柏木教授らのグループは、たん白質全電子計算専用に最適化した独自のDFTプログラム「ProteinDF」を開発、コンパックコンピュータのアルファステーション16台からなる大規模クラスターシステムを利用した並列計算を実行することで、約1年半をかけてチトクロムCのすべての波動関数を計算した。このプログラム自体はオブジェクト指向言語のC++で記述されている。

 一般的に、DFTは半導体材料などの電子の動きを予測したり解析したりするために多用される計算手法であり、これをたん白質などの生体分子に応用したことも世界で初めての試みだという。

 ポストゲノム研究においては、各遺伝子が発現してつくり出すいろいろなたん白質の構造や機能を解析することが最大のターゲットの1つになるが、理論的にはあらゆる分子の働きはその電子の振る舞いと密接に関係している。その意味で、たん白質が量子化学計算で解析できるようになったことは、将来のバイオテクノロジーの発展の重要な一歩となる可能性がある。

 なお、今回のProteinDFは、情報処理振興事業協会(IPA)の委託事業として今年の3月まで実施された「バイオ産業の基盤整備のためのたん白質機能予測システムの開発」を通して富士総合研究所によって商品化が進められており、今年の9月ごろから一般にも入手可能になる予定である。