2004年秋期CCS特集:総論

ニーズの変化に即して急速な発展、内外でベンダーの動き活発化

 2004.12.13−コンピューターケミストリーシステム(CCS)は、新薬開発や新材料開発に役立つ総合的なコンピューター支援技術として、急速な発展を遂げている。化学・医薬・材料分野の研究開発(R&D)のニーズの変化に対応するかたちでさまざまなシステムが登場してきており、欧米では新しいベンダーの活動も活発化してきている。国内ベンダーは欧米でそれら新しいソフトをいちはやく見つけ出して市場導入しているが、一方では国内でのCCS開発においても目立った動きがあり、国産ソフトベンダーもそれぞれに活発な事業展開をみせている。

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 欧米を中心としたCCS産業は、2001年ごろまでの大規模な再編期を経て確立されたアクセルリスやトライポス、MDLなどの歴史ある大手ベンダーに対し、シュレーディンガーやケンブリッジソフト、CCGなどの中堅が大手に挑む力をつけはじめてきているのが現状。さらに、設立時期を2000年前後とするたくさんの新規ベンダーがあり、それらは独特のノウハウを武器にニッチな市場で存在感を際立たせている。

−大手2社は大きな体制変更−

 今年、最大手のアクセルリスとMDLは企業の体制を大きく変化させた。アクセルリスは創薬ベンチャーであるファーマコピアの一部として活動していたが、今年の4月に創薬事業部門と分離し、CCS専業の新生アクセルリスとして独立した。アクセルリス自体は多くのベンダーを吸収合併してきたために、ここ数年は製品体系の統合整理に時間を取られてしまっており、新しい製品開発がやや滞っていた印象だったが、製品統合もかなり進展してきたことに加え、新体制で開発体制を強化していることから、今後は新しい製品の登場も期待されるところ。

 実際、7月からは久しぶりの新コンソーシアムとして、ナノテクノロジー向けのCCS開発を目指す「ナノテクノロジーコンソーシアム」を立ち上げた。そこからも多くの新製品が生まれてくるはずだ。

 また、アクセルリスは独立の際に旧ファーマコピアから1億ドル近い現金を引き継いでおり、M&Aをあらためて活発に展開しはじめる可能性もある。その第1弾となるのか、11月にはサイテジックを買収し、データマイニングツール「パイプラインパイロット」を入手した。このソフトは、マルチベンダーのCCS製品を連係動作させる機能を持っており、アクセルリスではソリューション統合のプラットホームとして、ベンダー中立性を維持したかたちで発展させていく考えである。

 一方のMDLは、アクセルリスとは逆に親会社との協調関係を強める方向性を取った。MDLは学術出版大手のエルゼビアの子会社となっているが、昨年にエルゼビアのライフサイエンス事業部門の一翼に組み込まれたのに続き、今年の9月からは会社の呼称を“MDLインフォメーションシステムズ”から“Elsevier MDL”(エルゼビアMDL)に改め、エルゼビアの学術情報サービスとMDLのデータベース技術を連携した新しいサービスの提供に本格的に乗り出している。

−オンラインサービスが進展、パソコンが図書館に−

 近年、インターネットの発展やブロードバンド環境の普及によって、オンラインサービスが急速な成長を遂げつつあるが、MDLがエルゼビアMDLになったことも、そうした大きな流れの中に位置づけることができる。かつてのオンラインサービスは、専用のターミナルソフトを使ってコマンドを打ち込んで対話的に情報を検索するものだったが、操作が難しいため専門のサーチャーでなければ良い結果が得られなかったり、従量料金性で費用が高額になったりするなどの問題があった。

 ところが、インターネットにより、一般の研究者が簡単に利用できるウェブインターフェースが実現されたのである。同時に学術雑誌・学術論文の電子媒体化も進展したため、研究者はわざわざ図書館へ出かけたり、サーチャーに依頼したりすることなく、いながらにして自分のパソコンから数多くの情報を引き出せるようになった。

 「ウェブオブサイエンス」や「ワールドパテントインデックス」などを持つトムソンサイエンティフィック、「サイエンスダイレクト」などを提供するエルゼビアをはじめ、国内でも科学技術振興機構(JST)が独立行政法人化を機にサービス強化に乗り出しており、昨年10月からウェブベースで「JOIS」のコンテンツを簡単に検索できる「JDream」を開始している。

 電子化の背後で出版社間の連携がかなり進んでいることも以前との違いで、1つのサービスでたくさんの雑誌を網羅していたり、各社のサービス間でリンクが張られたりしている。創薬向けに的を絞ったプロウスサイエンスの「インテグリティ」など、特化したポータル的なサービスも増えてきており、まさに自分のパソコンの中に図書館があるというイメージだ。これも一種の研究環境の革新といえるだろう。

 このように、計算や解析だけでなく、情報の蓄積と管理、情報の共有化と活用を通して研究環境を改善するというアプローチも最近のCCS市場の新しい傾向の1つであり、実験データなどを統合管理するLIMS(研究所統合情報システム)の発展形としても新しいシステムが次々に登場している。

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国内ベンダーからも新製品続々−

 国内ベンダーでは、富士通やNECの事業展開が目立った。富士通は新製品も積極的に投入し、富士通九州システムエンジニアリング(FQS)と共同開発したADME(吸収・分布・代謝・排出)/毒性予測システム「ADMEWORKS」および「モデルビルダー」、東京大学の船津公人教授(元豊橋技術科学大学助教授)からライセンスを受けた合成経路設計支援システム「AIPHOS/KOSP」、ケンブリッジソフトの電子合成実験ノートソリューション「CS Eノートブック」を発売。昨年末に発表したたん白質シミュレーション専用機「バイオサーバー」もいよいよ正式製品化が近づいているようだ。

 NECは、今年に共同研究の成果をいくつか発表したが、たん白質と薬物候補化合物のドッキングシミュレーションで数10個の新規がん治療薬の候補物質を発見した件が注目される。これは日本化薬との共同プロジェクトで、140万化合物からのバーチャルスクリーニングで数100の候補を選定し、その中から実験によって数10の候補を選び出したというもの。来年にこの成果を製品化する予定となっている。また、富士通と同様にたん白質シミュレーションの専用機を開発するため、7月に富士ゼロックスから「MDエンジン」技術を継承した。もともとは通産省プロジェクトの成果として開発された技術で、NECはこれを応用してまったく新規にサーバーを開発する計画である。

−新規参入組も活発な動き−

 新規参入組では、NECソフトが共同研究や国家プロジェクト参画のノウハウを生かして、パッケージビジネスを本格的に展開しはじめている。今年に、グリッドコンピューティング環境でBLASTなどを動作させる「バイオコラボ」、バイオ研究のデータベース検索や解析作業を自動化する「バイオワークベンチ」、プロテオミクス研究を支援する「プロテオファインダー」−の3本を製品化した。来年にもいくつかの新製品が予定されているという。

 また、アドバンスソフトが文科省プロジェクト「戦略的基盤ソフトウエアの開発」(FSIS)をベースにした「Advance/ProteinDF」、「Advance/バイオステーション」などを正式に製品化し、今月から順次出荷を開始した。FSISプロジェクト自体はまだ折り返し点だが、もともとアカデミック分野で実績のあるソフトを実用化することが目的のプロジェクトであり、タイムリーに製品版を投入できたことは意味深い。

 経産省プロジェクト「高機能材料設計プラットホームの開発」(通称・土井プロジェクト)の成果の製品化を目指す日本総合研究所の「J-OCTA」もようやく来年春に正式版が登場する予定となっている。これらの新型国産CCSが市場でどのように評価されるか、非常に興味深い。

 さらに、今年に東証1部に上場したばかりのサイバネットシステムが、9月にアダムネットから事業を継承してCCSに新規参入した。ライフサイエンスとナノテク分野の支援システムを主なターゲットにしており、ライフ分野でデイライトなどの営業権を持っていたアダムネットをその権利の譲渡を受けたもの。ナノテク分野に関しては、ナノタイタン社やアトミスティックス社など独自に販売権を得たシステム群をそろえている。来年に向けて動向が注目される国内ベンダーの1社だといえるだろう。

 その他の新規ベンダーでは、インフォコムで長年CCS事業を担当していた3人がスピンアウトし、今年3月に北海道で「ノーザンサイエンスコンサルティング」を設立。9月からは、米シミュレーションズプラスのADME(吸収・分布・代謝・排出)ツールの販売窓口業務を開始している。インフォコムによるシミュレーションズプラス製品の販売は7月あたりで停止した模様。さらに、同じインフォコムからのスピンアウト組の2人が、昨年末に英マトリックスサイエンスの日本法人(英国側60%出資)を設立し、今年3月から国内での販売・サポートをインフォコムから引き継いでいる。それぞれ、製品を抱えてやめたわけではなく、退職後に先方からのコンタクトがあり、それに応じたものだということだ。