文科省RSS21プロジェクトが20本の先端ソフトウエアを公開

大規模・複雑な連成解析を実現、地球シミュレータ活用事例も拡大

 2006.05.24−東京大学生産技術研究所は23日、2005年度から推進中の文部科学省プロジェクト「革新的シミュレーションソフトウエアの研究開発」(RSS21)の最初の成果物として、6月初旬に20本のソフトを公開すると発表した。これは、扱える問題の大規模さや複雑さ、また産業界での応用を目指す点で世界水準をリードする国産科学技術ソフトウエア群。生命現象を扱う「BioStation」や「M-SphyR」、マルチスケール連成問題を得意とする「CHASE-3PT」、「FrontFlow」、都市の安全シミュレーションを行う「EVE SAYFA」などが含まれている。産業界における研究開発を支える基盤技術として幅広い普及が期待される。

 RSS21は、東京大学生産技術研究所・計算科学技術連携研究センターを中核拠点として、産学官の連携により120人の研究員を集中させたプロジェクト。先進的なソフトを開発するだけでなく、継続的な開発・保守、商用化や普及のための体制を含めた総合的なスキーマを構築していることが大きな特徴。

 今回公開した20本のソフトは、ライフサイエンス、ナノテクノロジー、エンジニアリング、防災分野のシミュレーションを実施できるもの(別表参照)。前身のプロジェクトである「戦略的基盤ソフトウエアの開発」(FSIS)から引き継がれたものもある。RSS21としては今回が初公開となるが、FSISの公開ソフトとしてはこの2年半あまりで累計ダウンロード件数が2万5,000件を超えている。

 今回の記者会見では、このうち5つのソフトの最新の開発状況や適用事例が紹介された。

 まず、流体解析ソフトのFrontFlowだが、渦が生じるような瞬時の流れ、また流れに燃焼や化学反応、騒音がともなうなどの複合的な現象を解析するために開発されたもの。PCクラスターをはじめ、地球シミュレータでも動作可能にするなど、高速なハードウエア環境も利用できるようになっている。

 ソフトはFSISから引き継がれて、すでに実証段階に入っており、毎分4万回転という高速で回転するポリゴンミラー(スキャナー部品)や産業用ポンプの騒音解析を行った事例がある。これらのケースでは、音が伝わる媒体が空気や液体、さらには構造体自体を伝播するなど複合的に組み合わされるため、解析が非常に難しいケースになるという。また、瞬間的な乱流現象がともなう問題として、ロケットエンジンのターボ機械内部の非定常流れの解析、フォーミュラーカー走行時の空気流動特性の解析なども行われている。これらは具体的な共同プロジェクトとして実施されており、シミュレーションが実用域に入っていることを示している。燃焼の問題では、三菱重工との共同研究により、ガスタービン内部の乱流強度と燃焼効率の影響を解析し、高効率燃焼による低NOx燃焼器の設計に取り組んだ事例があるという。

 次に、BioStation/ABINIT-MPは、標的たん白質と医薬候補分子の結合の強さを量子力学的に解析し、ドッキングシミュレーションとバーチャルスクリーニングを行う目的で開発された。このソフトもFSISからの継承で地球シミュレータに移植されている。結合の強さとして、水素結合だけでなく、ファンデルワールス相互作用も考慮することができるため、結合メカニズムまで知ることができるのが、他のソフトと異なる大きな特徴になるという。化合物がどのアミノ酸残基と相互作用するかまでもつきとめることができる。

 最近の事例では、2型くる病の原因だとされるビタミンD受容体たん白質(VDR)の解析例がある。このたん白質の274番目のアルギニンがロイシンに置換されることによって発症することがわかっているが、それを計算でも確かめた。地球シミュレータでは、253残基のVDRとリガンドの複合体を、ファンデルワールス相互作用を考慮できるFMO-MP2/6-31Gで計算した。計算時間は128ノード(1,024プロセッサー)で1.6時間。実際の創薬研究では、アミノ酸残基の置換や複数のリガンド分子の組み合わせで数百パターンの解析が必要だが、この計算時間だと1ヵ月ほどで解析が終わることになるので、十分に実用になるレベルだという。

 VDRの事例では、水素結合の要素が大きいため、FMO-MP2計算でも結果は同じだったが、研究グループでは今後、抗アルツハイマー薬の標的たん白質とされるアセチルコリンエステラーゼ(532残基)を対象に地球シミュレータでFMO-MP2計算を実施する予定。こちらの系では、ファンデルワールス相互作用が利いてくると予想されるため、さらに興味深い結果が得られそうだということだ。

 3つ目はナノ材料シミュレーションで、中核エンジンのPHASEを地球シミュレータで稼働させ、世界初の6,000原子規模の解析を成功させた事例がある。シリコン基板中に不純物(ドナー原子)を置換した場合の電子状態の広がりを解析し、そのエネルギー準位を予測した。実際に解析して波動関数の等値面をみてみると、今回の6,000原子規模の計算を行って初めて物性がわかってくることが確認できたという。

 PHASEは、高度な並列化とベクトル化が施されており、地球シミュレータにおいては、13.6テラFLOPSの実効性能を引き出した。今回の解析で対象にした系のサイズは10ナノメートル角に相当するため、将来的にナノ構造物の解析にも道が開かれたとしている。当面のアプリケーションは半導体分野がメインだが、燃料電池やバイオ素子などにも応用が可能。

 4番目はRSS21から加わった新規プロジェクトで開発された「M-SphyR サーキュレーション」。これは、人体の循環器系のシミュレーションを通して病気の治療や予防に役立てようというシステムで、血管モデリングツールMedicalImageと、三次元血流解析ソルバーFrontFlow/Blood(FrontFlow/Redの有限体積法をベースにしたもの)、血流と血管壁の連成解析ソルバーFrontFlow/FSI(完全な新規開発ソルバー)−から構成され、さらにさまざまなアドインモジュールを組み込んでいく計画である。血流および血流と血管壁の相互作用、また血流による物質輸送を考慮し、それと血管壁との相互作用までを解析できるようにする。

 このうち、今回公開されるのはMedicalImage。MRIやX線CTなどの断層撮影画像から血管部分を抽出して、三次元の血管形状をモデリングすることができる。具体的には、画像を読み込んで輝度に基づく領域分割を行って血管部分を認識し、三次元細線化・中心線導出をしたあと、血管としての表面を構築していく。もとになる画像が高精細であれば、この作業をかなりの程度まで自動化することができるという。来年6月には、他のソルバーも含めて全体を公開できるようにする予定。

 最後は都市環境・安全シミュレーターのEVE SAYFAで、これもRSS21からの新規ソフトになる。とくに、火災への対策を主眼としたもので、欧米での研究例が限定的な現象の解析にとどまっているのに対し、人命を保護することを目的としたトータルシミュレーションを目指していることが特徴になる。仮想ビルディングデータベースシステムが中心に据えられており、瞬時瞬時のビルの状態・火災の状況・人の位置などをフィードバックしつつ解析を行うことができる。建造物の防災設計の信頼性を大幅に高めることができる。



















グループ サブテーマ 代表システム名 システムの特徴 公開ソフトウエア
生命現象 創薬・バイオ新基盤技術開発へ向けたたん白質反応全電子シミュレーション ProteinDF ・世界最大規模(1,000残基)のたん白質全電子計算 ・たん白質解明に寄与する多機能統合計算 ProteinDF System 1.0
ProteinDF Ver1.0
ProteinEditor Ver1.0
ProteinMD Ver0.9
たん白質−化学物質相互作用マルチスケールシミュレーション BioStation ・たん白質−化学物質(医薬品候補物質)相互作用統合解析・可視化 ・FMO法(非経験的フラグメント分子軌道法)による巨大分子系の解析 ABINIT-MP Ver3.0
BioStation Dock Ver1.1
BioStation Viewer Ver6.00
BioStation Launcher Ver1.3
KiBank
器官・組織・細胞マルチスケール/マルチフィジックスシミュレーション M-SphyR ・モデル変形、パラメーター算出機能を有する医用画像処理 ・循環器系の病変メカニズム解明のための統合解析 Medical Image Ver1.0
マルチスケール連成 ナノ・物質・材料マルチスケール機能シミュレーション CHASE-3PT ・ナノ材料のマルチスケール多機能統合解析と設計支援環境 ・地球シミュレータ環境下での超大規模ナノ特性解析 PHASE Ver5.00
UVSOR Ver2.00
CHASE-3PT Ver2.00
マルチフィジックス流体シミュレーション FrontFlow ・乱流に起因する多様な複合現象(燃焼、混相、騒音等)の解析 ・LES(Large Eddy Simulation)による大規模・高精度・高速解析 FrontFlow/Blue Ver4.0
FrontFlow/Red Ver2.8a
ハイエンド計算ミドルウエア援用構造解析システムによる汎用連成シミュレーション FrontSTR / HEC-MW ・大規模並列処理機能を活用した複雑構造物の高精度高速解析 ・FEM解析、ソルバー、可視化等の並列解析用ライブラリー群 hecmw-PC-Cluster Ver1.0
FrontSTR Ver1.00
FrontSTR for Win Ver1.00
都市の安全・環境 都市の安全・環境シミュレーション EVE SAYFA ・避難モデル統合解析 ・消化、移流拡散、延焼モデルを中心とする大規模統合解析 EVE SAYFA Ver1.00
共通基盤 全体系最適化シミュレーションプラットホーム PSE Workbench ・革新的シミュレーションソフトウエアで開発したソフトウエア群の統合プラットホーム PSE Workbench 4.0