富士通が新統合プラットホーム「SCIGRESS」を本格リリース

プロシージャーブラウザーで計算手順をナビ、計算エンジンの連携も容易に

 2008.08.29−富士通は、計算化学のための統合プラットホームソフト「SCIGRESS」(サイグレス)のバージョン1.1を8月からリリース、本格販売を開始した。自社製の計算エンジンだけでなく、サードパーティー製品やアカデミックコードなどの外部エンジンを柔軟に取り入れることが可能。バージョン1.1では、文部科学省プロジェクト「革新的シミュレーションソフトウエアの研究開発」で開発されたナノ材料向けシミュレーター「PHASE」、および蘭サイエンティフィックコンピューティング&モデリング(SCM)の密度汎関数法ソフト「ADF」とのインターフェースを実現している。同社では、9月22日まで新発売キャンペーンを行い、次期戦略プラットホームとして早期の立ち上げを図る。

 欧米のコンピューターケミストリーシステム(CCS)市場では、大学などの研究者が開発したプログラムや計算エンジンを、自社の製品に次々に組み込むことで機能強化を実現するスタイルが通例となっている。しかし、国内ではそうした取り組みが遅れていたのが現状。今回のSCIGRESSは国産CCSとして、その先例のひとつになると期待される。

 SCIGRESSは、低分子から高分子までの汎用CCS製品として豊富な実績を持つ「Scigressエクスプローラー」(旧CACheファミリー)と、分子動力学法(MD)をベースにした材料系CCSの「マテリアルズエクスプローラー」の統合製品という位置づけ。現在のバージョン1でScigressエクスプローラーの機能を、来年7月のバージョン2でマテリアルズエクスプローラーの機能を取り込み、統合プラットホームであるSCIGRESSへの移行を促す方針。その上で、2010年7月のバージョン3以降で新たな機能を追加し、「SCIGRESSを基盤にした計算化学の一種のコミュニティをつくりあげたい」というのが富士通の戦略である。

 このため、SCIGRESSのAPI(アプリケーションプログラミングインターフェース)を公開する。他社ベンダーの計算エンジンや、大学などで開発されたプログラム、ユーザーのオリジナルプログラムをSCIGRESS上で利用できるようにしていく。技術ドキュメントも含め、API公開準備は年内には整うという。バージョン3の時点で、どのくらいの支持が得られるかが重要な里程標になるだろう。

 その意味では、バージョン3からがSCIGRESSの本領発揮といえるかもしれない。現時点での1つの方向性としては、“計算化学マテリアルズ・コンビナトリアル”(マテリアルコンビケム)が目標に設定されている。材料開発の新しい方法論ともいえるもので、シミュレーションを実験装置のように利用する。詳しくは、10月に開催予定の「富士通計算化学セミナー2008」にて解説される予定。

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 さて、現在のバージョン1.1の計算エンジンとしては、標準で内蔵されている分子力場法、分子動力学法、拡張ヒュッケル法、配座探索のCONFLEX3、励起状態計算のZINDOに加え、オプションとして富士通版MOPAC2006の後継である「MO-G」と「MO-S」(旧MOS-F)、マテリアルズエクスプローラーの計算エンジンである「MD-ME」、そして外部エンジンである「PHASE」と「ADF」に対応したインターフェースが提供される。今年の12月に予定されているバージョン1.2では、「GAUSSIAN」、「MOPAC2007」、「CONFLEXバージョン6」とのインターフェースも実現する。

 実際に計算を行う際には、“プロシージャーブラウザー”と呼ばれるナビゲーション機能を利用することにより、計算化学に不慣れなユーザーでも使いやすいように工夫されている。計算したい物性などを指定してプロシージャーを選択することにより、一連の計算手順をガイドしてくれる。

 外部エンジンであるPHASEを利用した計算の場合にも、このプロシージャー機能は有効。EVカーブ、電子密度(SCF)、状態密度(DOS)、バンド計算をプロシージャーとして実行できる。計算の内容によっては、まずSCF計算を行い、その結果を用いてバンド計算を実施するなど、一連の手順をわかりやすくガイドしてくれる。計算にリモートホストを指定することもできるので、PHASEの並列性能を生かした計算サーバーが活用できる利点もある。

 PHASEについては、プロジェクトから提供されているフリー版PHASEの使用が基本になるが、富士通はアドバンスソフトとも協調しており、商用版の「Advance/PHASE」もSCIGRESSから利用できるようになっている。実際に、現行バージョンのAdvance/PHASEの動作確認が取れているほか、将来のバージョンに関しても対応する合意がなされているということだ。

 一方、ADFについても、開発元のSCM社からは歓迎の意向が表明されているという。以前のCACheファミリーでは、密度汎関数法エンジンとして「DGauss」が使用できたが、SCIGRESSではサポートされない。このため、密度汎関数法を使いたい場合にはADFが推奨されている。豊富なプロパティ計算機能を持ち、遷移金属錯体での安定した収束性、相対論効果の考察、全電子計算が可能などの特徴を持つ。また、ADFと別の計算エンジンとを組み合わせたプロシージャーが利用できることも、SCIGRESS上でADFを扱うメリットになる。

 このように、異なる計算エンジン間の連携は、PHASEとMD-MEの組み合わせでも有効。例えば、高誘電率材料として期待されているハフニウム酸化膜(HfO2)のアモルファス状態の酸素欠損欠陥の解析において、まずMD-MEでアモルファス構造を作成したあと、PHASEによって欠陥生成エネルギーを計算するといった事例がある。(写真参照)

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 SCIGRESSの製品構成としては、基本機能を中心とした「SCIGRESSベーシック」を基盤に、孤立分子系を扱うケミカル系パッケージ「SCIGRESS for Chemicals」、周期系が主体となる材料系パッケージ「SCIGRESS for Materials」としての構成が可能。フルモジュール構成(外部エンジンとのインターフェースを除く)は「SCIGRESSウルトラ」となる。価格は、ベーシック版の永久ライセンスが企業向け100万円、アカデミック50万円。ウルトラ版は、同様に500万円と200万円。オプションインターフェースは、ADF対応が50万円、PHASE対応は75万円。

 今回のSCIGRESSにはネットワークライセンスも用意されており、価格は永久ライセンスのそれぞれ25%増しとなる。また、年間ライセンスは永久ライセンスの40%相当の額が設定されている。

 既存製品であるScigressエクスプローラー(SE)およびマテリアルズエクスプローラー(ME)からの移行費用は、それぞれ最新版からの保守ユーザーに限って50%引きだが、同社では新発売キャンペーンとして9月22日までの限定で、古いバージョン(旧CACheとWinMASPHYCを含む)の保守ユーザーに対しても50%引きでのマイグレーションを提供する。保守に入っていなくても30%引きとする。加えて、SCIGRESS契約者すべてに、オンサイトトレーニング(20万円相当)を無料でサービスする。