2008年冬CCS特集:総論・2008年のCCS業界動向

研究開発支援・広範領域をカバー

 2008.12.04−コンピューターケミストリーシステム(CCS)は、医薬・化学・材料研究を支援するIT(情報技術)システムとして広範な領域をカバーしている。用途としては、大きく生命科学系と材料科学系に分かれるが、システムの種類で分類すると、原子・分子レベルの特性を予測したり解析したりする計算化学・分子モデリング系のシステム、大量のデータから重要な情報を取り出す統計解析・データマイニング系のシステム、データベースを中心に情報共有を促進したり研究プロセスのワークフローを効率化したりする情報化学系のシステム、豊富なコンテンツで研究・調査活動を支援するオンライン情報サービス−などがある。いずれも市場では海外の製品が主流となっているが、とくにシミュレーションや解析系のシステムは本質的にそれ1つで事足りるような万能的な機能は持ち得ないため、それぞれに補完し合う多くの製品ラインアップを整えることが国内ベンダーの基本戦略となる。ここでは、最近の業界動向を概観してみる。

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◆◇欧米ベンダー:2007年の大型再編一変2008年は平穏、新ベンダーが続々上陸◇◆

 今年のCCS業界は、昨年の激変に対しておおむね平穏な推移となっている。2007年は欧米の大手ベンダーがM&Aによって大きく揺れ動いた年で、最古参の米トライポスが投資会社のベクターキャピタルに身売りし、4月から新会社「トライポスインターナショナル」として再スタート。6月に、ビジネスプロセス管理(BPM)の大手ベンダーである米ティブコソフトウェアがCCS分野で多用されるデータマイニングソフトベンダーの米スポットファイアーを買収した。

 同年9月には、化学・創薬情報プロバイダーの最大手である米トムソンサイエンティフィックが、スペインのプロウスサイエンスを買収した。そして、10月には米シミックス・テクノロジーズが米MDLインフォメーションシステムズを買収−といった具合に、まさに大型のM&Aが吹き荒れた年となった。

 明けて2008年は一転して、大きな動きは生じていない。今年4月にトムソンサイエンティフィックの母体である加トムソンが英ロイターを買収して「トムソン・ロイター」が正式発足したことは一般のニュースにも取り上げられるほどの話題となったが、同社のサイエンティフィック事業の中身にはほとんど影響はなかった。

 そのほかでは、今年の11月に米トライポスが米ファーサイトを買収している。ファーサイトは新薬開発で利用する薬物動態解析ソフトや臨床試験のデザインソフトなどを開発しているが、それに加えて臨床開発の戦術的コンサルティングサービスを提供する企業としても知られている。トライポスは創薬支援のソフトウエアが中心であり、新薬開発段階をカバーするビジネスへと領域を広げることが今回の買収の狙いだと思われる。買収額は5,700万ドルと決して小さくはない(ベクターがトライポスを買収した際の金額は2,560万ドル)が、昨年にみられたいくつかの買収劇と比べると、そのインパクトはそれほどでもないといえるだろう。

 また、日本への直接進出の動きとしては、創薬支援ツールベンダーの米オープンアイが10月に日本法人を設立した。これは、米国からの直接販売・直接サポートを行うことが目的で、日本法人はその支援に当たる。これにともない、国内代理店を務めてきたサイバネットシステムとの関係が終了することになった。

 そのほか、今年になって日本に新たに進出した主な海外ベンダーとしては、ワークフローツールの独ナイム(代理店はインフォコム)、製薬業向けPLM(製品ライフサイクル管理)の米コンフォーミア(同CTCラボラトリーシステムズ)、ファーマコフォアモデリングソフトを提供するオーストリアのインテル・リガンド(同アフィニティサイエンス)、標的たん白質探索ソフトの仏MEDIT(同菱化システム)、創薬支援ソフトの加シムバイオシス(同サイバネットシステム)がある。

 このように海外では、アクセルリスなどの大手ベンダーの間隙をついて独自の技術や発想で勝負する小規模なベンダーが多数生まれており、それらをいち早く発掘して国内に紹介することが国内ベンダーの重要な戦略となっている。

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◆◇国産ベンダー:バイオ系で撤退相次ぐ、文科省プロ継続に期待◇◆

 一方、国産ソフトベンダーに関しては、バイオインフォマティクスブームの終えんにともない、2007年3月で日立製作所のライフサイエンス推進事業部が解散したことが大きな話題となった。そしてNECも、今年の9月末をもってバイオIT事業推進センターを解散した。昨年3月末に米ガウシアン社のGaussian専用GUI(グラフィカルユーザーインターフェース)ソフトとして開発してきた「MolStudio」を中止したのに続き、今年の7月にNECソフトに対してプロテオーム解析研究支援システム「BIOPRISM」の事業を移管。その後、9月末をもってNEC本体はバイオインフォマティクスから撤退した。分子動力学専用サーバー「MDサーバー」、遺伝子配列解析ソフト「ホモロジーサーチャー」、バイオ関連文献マイニングツール「バイオコンパス」などの製品もあったが、それらも9月末で自動的に事業中止になったとみられる。

 こうした撤退劇をよそに、国産の最古参ベンダーである富士通は、材料科学系CCSの製品体系を一新し、新統合プラットホーム製品「SCIGRESS」を今年6月に発売した。これについては、欧米の主要ベンダーに近い考え方で製品づくりが行われている点に注目できる。すなわち、システムのプラットホームを統一し、解析のコアとなる計算エンジンを自社開発するとともに、大学などの先進的エンジンをプラットホーム上に呼び込もうとしている。SCIGRESSが成功するかどうかは、国産CCSの将来を占ううえで重要な試金石になるともいえる。

 国産ベンダーはもともと、コンフレックスやケムインフォナビ、分子機能研究所、ナノシミュレーションなど、独自技術を生かして数名のスタッフで小規模に展開しているところが多い。欧米のベンダーはそうした規模でも世界市場を相手にできるが、国産ベンダーはなかなか世界進出が難しいのが現状であり、ここに国産ソフトが大きく育たない基本的な問題点が存在する。富士通にしても、海外製品の輸入販売がCCS事業の大きな部分を占めているのが現実であり、国産製品の海外展開には苦労しているのが実情である。

 欧米も日本も、CCSの“種”になるのは大学などのアカデミックで開発されたプログラムであり、それが成長して実を結ぶ過程で大きなハンデがあるのが国産CCSだといえるだろう。

 いずれにしてもまずは“種”が重要になるわけだが、その意味で明るい話題は、文部科学省プロジェクトとして、「戦略的基盤ソフト」(2002〜2005年度)、「戦略的革新ソフト」(2005〜2007年度)と続いてきた国産CCS開発が、今年10月から2012年度までの「イノベーション基盤シミュレーションソフトウエアの研究開発」として継続されることが決定したことである。

 東京大学生産技術研究所の革新的シミュレーション研究センターを中核拠点とし、東京大学大学院工学系研究科、東京大学人工物工学研究センター、国立医薬品食品衛生研究所、物質・材料研究機構、高度情報科学技術研究機構などから総勢70人の研究者が集まって集中開発が行われる。前の2つのプロジェクトを通して開発されてきたたん白質全電子計算プログラム「ProteinDF」、たん白質と薬物の相互作用解析システム「ABINIT-MP/バイオステーション」、次世代デバイス開発に役立つナノシミュレーションソフト「PHASE」の開発も続行されることになった。新しい成果に期待したい。