東京大学・合原一幸教授らがテーラーメード前立腺がん療法を開発

数学モデル利用し高い合理性、投薬の動的最適化を実現

 2008.12.17−東京大学生産技術研究所は16日、合原一幸教授らのグループが数学モデルに基づいた合理的な前立腺がん療法を開発したと発表した。前立腺がんの進行をはかる指標である前立腺特異抗原(PSA)の計測データを利用し、患者パーソナルの数学モデルを作成することにより、テーラーメードで効果的な治療を実施することができる。共同研究先であるバンクーバー総合病院の臨床データで有効性を確認しているが、合原教授らは今後国内でも臨床への応用を進めたいとしている。

 前立腺がんは、欧米の男性では死亡率が2番目に高いがんであり、日本でも男性のがんの中では患者の伸びが最も高いとされている。がん細胞の増殖が男性ホルモン(アンドロゲン)に依存しているため、治療法としては男性ホルモンを抑制する内分泌療法が用いられる。

 内分泌療法にも、抗男性ホルモン剤などを投与し続ける“継続的内分泌療法”と、投薬の中断と再開を繰り返す“間欠的内分泌療法”の2種類がある。国内では、継続的内分泌療法が主流だが、投薬開始後1,000−1,500日を経過すると、アンドロゲンに非依存性のがん細胞が増殖し、しばしばがんが再燃してしまうことが知られている。

 これに対し、間欠的内分泌療法は、PSAをマーカーとして利用し、投薬を開始してPSAの値が小さくなった時点で投薬を中断、再びPSAの値が大きくなったところで投薬を再開する。十分な期間の延命が可能であり、薬物の副作用を軽減できるなどのメリットがあるが、PSAの閾値をどこに設定するか、中断と再開の最適なタイミングをどうはかるかなど、経験的にも難しい側面があるという。また、治療効果は患者によってかなりの差があるということだ。

 今回の研究は、合原教授、東京大学の平田祥人特任助教、バンクーバー総合病院のN.ブルコフスキー博士らのグループによるもので、科学技術振興機構(JST)のERATO「複雑数学モデルプロジェクト」の一環として行われた。

 具体的には、間欠的内分泌療法のもとでのアンドロゲン濃度やがん細胞数の変化をあらわす常微分方程式モデルを考案。実際に、バンクーバー総合病院の67症例の臨床データを利用し、個々の患者のパーソナルモデルを作成して検証を行った。その結果、治療における1周期半ほどのPSAデータのフィッティングによって、その先の2周期ほどの挙動を正確に予測できた。

 投薬の停止と再開のタイミングを決める2つのPSA閾値をうまく設定することによって、継続的内分泌療法では再燃が起きるような場合でも、間欠的内分泌療法によって現象をリミットサイクル(周期振動解)に封じ込め、がんの増殖を抑えることができる。

 実際の患者は、この方法で再燃を防ぐことが可能な患者、再燃は防げないが遅らせることができる患者、継続的内分泌療法の方が効果的な患者−の3タイプに分けられる。バンクーバー総合病院の67症例を分析すると、約9割の患者が最初の2つのタイプに入ることが確認された。研究グループでは、患者のパーソナルな数学モデルを使って動的に投薬を行う治療法が、多くの前立腺がん患者にとってきわめて有効な選択肢になりうると結論づけている。

 今回の数学モデルは、区分線形モデルと呼ばれるもので、コンピュータープログラム化することも容易だという。使用するデータがPSA値だけということも手軽。医師が傍らのパソコンで治療計画を検討するような未来が訪れる可能性もありそうだ。