CCS特集:総論

いまや創薬研究分野の主役に

 2000.03.20−コンピューターケミストリーシステム(CCS)は、医薬・農薬、遺伝子・バイオテクノロジー、ポリマー、触媒、結晶、半導体、液晶、電子・磁性・光学材料、各種機能素材など、広く“化学技術”の応用分野の研究開発を支援するシステムで、最近ではコンビナトリアルケミストリー/ハイスループットスクリーニング(HTS)やジェノミックス/バイオインフォマティクスなど創薬研究の分野で需要が急拡大している。とくに、具体的な研究のワークフローに沿った形でさまざまなツールが用意され、ベンダー各社はそれらをシームレスに統合したIT(情報技術)環境を構築するインテグレーションビジネスで業績を伸ばしている。また、医薬以外の材料開発の分野では電子材料設計への応用に注目が集まってきた。原子・分子レベルでの振る舞いや電子状態の解析が、電子材料としての特性に影響する場合が多いため。電子材料は日本企業が世界的にも強い分野であり、その意味で日本市場の動向が注目されている。今回のCCS特集では、主要ベンダーの戦略を紹介していく。

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遺伝子/バイオインフォマティクス関連概況

 コンピューターケミストリーシステム(CCS)市場において、バイオインフォマティクスが大きな地位を占めるようになってきた。ヒトや動物、植物、微生物などのゲノム情報の解明が加速・進展するなかで、生命現象における遺伝子の持つ役割の重要性が明らかになり、それが新薬開発や医療に具体的に役立つ可能性があることがわかってきたからだ。これに着目し、コンピューターを利用して膨大な遺伝子情報を高速に処理し、そこから有用な情報を引き出す技術がバイオインフォマティクスである。

 システム側からみると、高速なコンピューター、大容量のデータベース(DB)、大量情報を処理できる先端アルゴリズムを持つソフトウエアが必要であり、またこれらのコンポーネントをスケーラブルかつシームレスに統合するシステムインテグレーターの存在も重要になる。

 これまでは、解析用のソフトパッケージは研究者間で交換し合うフリーのソフトが中心で、DBも公的な機関が無料で公開しているものを利用することが多かった。しかし、最近になっていわゆる欧米のバイオベンチャーがジェノミックス創薬に狙いを据えたDBを独自に構築したり、創薬研究プロセスを意識した解析ソフトを提供したりするなどの動きが活発化。そのビジネスモデルも、一般的なパッケージビジネス形態だけでなく、コントラクトリサーチ、アウトソーシング、eコマースまで多岐にわたっている。

 今後、国内のCCSベンダーがどのような戦略を打ち出してくるか興味深いが、海外の技術に頼るばかりではなく、ソフトおよびDBコンテンツの開発を国内で行っていく努力が重要になろう。

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モデリング/ケムインフォマティクス関連概況

 計算化学/分子モデリング分野は、分子軌道法(MO)を中心とする領域が注目されている。量子化学的手法によって物質の電子状態を解析できるMO計算は、計算が複雑なため対象が小さな系に限られるが、半導体や電池材料といったエレクトロニクス分野などで新しいアプリケーションが広がってきているからだ。一方のケムインフォマティクス分野は、データベース(DB)の重要性がますます増して、研究のIT(情報技術)プラットホームとしての役割が目立ってきた。モデリングもDBもいまや通常の研究活動の中にツールとして組み入れられてきており、今年はモデリングとDBの統合が一つのテーマになりそうだ。

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 一時期停滞した国内のコンピューターケミストリーシステム(CCS)市場は、おおむね成長ペースを取り戻したといえそうだ。本紙化学工業日報の推定によると、1999年の国内のCCS市場規模は、サーバークラスのハードウエア、関連サービスを含めて約217億円で、前年に対して14%の成長を記録した。

 国内のCCS市場推移は別図の通りである。80年代末から90年代初頭にかけては、スーパーコンピューターが全盛を誇った時代で、高速計算によってCCSの新しいアプリケーションが切り開かれたことが市場を押し上げた。90年代中盤はUNIXワークステーションの高性能化がこれらの計算需要を引き継いで発展させた時期だったといえる。逆に97年は計算の限界が認識され、例えば医薬品分野ではコンビケム/HTSなどの計算に代わるCCS技術が注目を集めた。計算が下火になった分、市場も伸び悩んだと考えられる。

 98年と99年の好調さを支えたのは、遺伝子/バイオインフォマティクス関連の需要の伸びである。とくに、ゲノム研究を中心とする生命科学分野に政府から潤沢な研究予算が投入されていることが大きい。

 99年も、ケムインフォマティクスあるいは分子モデリング中心のベンダーは、売り上げの伸びが2−5%ぐらいのところが多いが、バイオインフォマティクス系では分母は小さいものの1.5倍、2倍増というところがほとんど。その中身をみると、パッケージソフトのライセンス収入は小さく、システムインテグレーションにともなうサービス関係の売り上げが大半を占めている。

 今後、ポストゲノム領域の研究が狙いどおりに進展し、バイオインフォマティクスが創薬研究の主役として具体的な成果をあげ、民間レベルの需要に本格的に結びついてくるかどうかがカギになるだろう。

 ケムインフォマティクス分野は今年以降、ますます注目を集めそうだ。というのも、コンビケム/HTSが浸透したことなどにより、研究で扱うデータ量が質・量ともにどんどんふくれあがってきているため。知識共有を促進するナレッジマネジメントという考え方が広がっていることも一因で、研究にかかわる多種多様なデータを統合管理しようという気運が高まっている。

 データベース(DB)アプリケーションは、以前は化合物のファクトデータを登録したり検索したりするくらいしかなかったが、最近ではDBが研究所のいろいろなワークフローのプラットホームになってきており、アプリケーションの幅も格段に広がっている。

 一方、計算化学/分子モデリング分野は依然として停滞気味の感はまぬがれないが、電子材料・環境関連など研究開発自体がホットな分野で、孤立分子系あるいは分子集合体としてのシミュレーションが有効な領域が注目され、関心が再び盛り上がりつつあるようだ。さらに大規模で複雑な系を扱う計算理論も開発が進んでおり、近い将来に活況を取り戻す可能性が高くなってきた。