2000年秋のCCS特集:総論

 2000.11.29−コンピューターケミストリーシステム(CCS)市場は、2000年を迎えて新たな再編の時代に入った。昨年はベンダー同士の買収や合併などはほとんどなかったが、まさに嵐の前の静けさ。今年に入ると大きな再編劇が相次いだ。また、システム的にも変革が進んでおり、ケムインフォマティクス分野ではデータベース(DB)技術の業界標準への対応が進展。バイオインフォマティクス分野では、ゲノムやプロテオームの大量データ解析のためのハイスループット型システムの開発が進んできた。さらに、ポストゲノム研究に関連して、新しいDBコンテンツが続々と登場してきている。一方、計算化学/分子モデリング分野では分子軌道法(MO)計算が注目されている。また、純粋に計算化学的手法ではないものの、ADME(吸収・分布・代謝・排出)や毒性など化合物の生体内での物性予測を行うツールへの関心が高い。将来的には、ケムインフォマティクス、バイオインフォマティクス、分子モデリングの三大分野のシステム全体が統合化されて、包括的な創薬支援システム環境が実現されるとみられる。

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CCS産業の20年

 コンピューターケミストリーシステム(CCS)は、医薬・農薬、遺伝子・バイオテクノロジー、ポリマー、触媒、結晶、半導体、液晶、電子・磁性・光学材料、各種機能素材など、広く“化学技術”の応用分野の研究開発を支援するシステム。理論化学計算や分子シミュレーションを中心にした「計算化学/分子モデリング」、化合物情報管理・化学反応情報管理などのデータベース(DB)技術およびコンビナトリアルケミストリー/ハイスループットスクリーニング(HTS)技術などを中心にした「ケムインフォマティクス」、遺伝子の塩基配列やたん白質のアミノ酸配列の解析、ゲノム情報解析と遺伝子/たん白質の機能予測などを中心とした「バイオインフォマティクス」の三大領域をカバーする多種多様なシステム群が含まれている。

 ソフトウエア産業としてのCCSは、1970年代末からスタートし、現在までに約20年の歴史を刻んできている。この創業期に設立されたMDLインフォメーションシステムズ(当時の社名はモレキュラーデザイン社)、トライポス、モレキュラーシミュレーションズ(MSI、当初の社名はバイオデザイン社)の3社はいまも健在だ。

 1980年代後半になると、高性能なUNIXワークステーションが登場し、計算化学シミュレーションを一般のユーザーでも行うことができるようになった。このころからCCSのプラットホームは、それまでの汎用コンピューターやスーパーミニコンを中心とした時代からワークステーションへとシフトしていくことになる。同時にスーパーコンピューターの応用が進展し、1990年代前半の計算化学全盛期につながっていくことになる。

 1980年代後半は、国内においてもCCSの開発ラッシュの時期に当たる。ちょうど大手化学会社がCCSの導入・利用を促進していた時期でもあり、コンピューターメーカーがこれらのユーザーのノウハウを利用する形で、国産CCSの製品化が図られた。また、ユーザーが情報事業子会社などを通じて独自でCCS市場に進出したり、ユーザーを集めたマルチクライアントプロジェクトでのCCS開発が行われたのもこのころである。

 1990年代に入ると、米国ではCCSがバブル的様相を呈するようになる。楽観的な市場調査が盛んに行われ、巨大市場に発展すると目して大資本が乗り込んできた。コーニングがバイオシム(MSIの前身)を買収したり、大手ソフト会社のオートデスクがハイパーケムの経営権を握ったり、テクトロニクスとソニー・テクトロニクスがCCSジョイントベンチャーを旗揚げしたりしたことなどはその代表的な事例だったといえる。

 国内では、CCS開発のピークは1990年から1991年にかけてで、以降は急速に沈滞していくことになる。振り返ると、国産CCSはUNIXワークステーションへの対応が米国製品より5年ほど遅れていたが、当時すでに米国ではパソコンをプラットホームとするCCSベンダーの第2次創業期が到来しており、結果的に国産勢は回復不可能な後れを拝したということができる。

 1990年代半ばになると、分子モデリングブームがCCSバブルの終わりとともに過ぎ去り、コンビナトリアルケミストリー/HTSといった新しい形のアプローチが活況を呈するようになる。そして、アプリケーションは医薬を中心としたライフサイエンス分野に傾斜していくことになり、材料設計用CCS開発はあまり目立たなくなってきた。

 1990年代後半はCCS産業の第1次再編期といえる。このときの主役は米MSI、英オックスフォードモレキュラーグループ(OMG)の2大ベンダーで、買収や合併が活発に行われた時期である。

 MSIは、1984年にバイオデザインの名称で設立されたベンダーで、ポリジェン、ケンブリッジモレキュラー、バイオキャドなどの買収を経て、旧MSIと旧バイオシムが対等合併して再スタートしたのが1995年8月。それが、コンビケム技術の最有力ベンチャーだったファーマコピアによって1998年1月に買収されることになる。

 OMGは、オックスフォード大学の研究グループを母体として1989年に設立された。1993年、バイオストラクチャーの買収を皮切りに、インテリジェネティックス(1994年8月)、CACheサイエンティフィック(1995年2月)、ヘルスデザイン(1996年3月)、コダック(遺伝子解析ソフト事業買収、1996年3月)、PSIインターナショナル(DBソフト事業買収、1996年3月)、クレイ・リサーチ(モデリングソフト事業買収、1996年5月)、ジェネティックコンピューターグループ(1997年4月)、MLRオートメーション(1997年4月)、ケンブリッジドラッグディスカバリー(出資、1997年12月)、ケミカルデザイン(1998年5月)、ケンブリッジディスカバリーケミストリー(1998年9月)という具合に、他のベンダーを次々に飲み込んでいった。

 このころの再編劇は企業規模の拡大を優先させたものといえ、具体的には創薬支援のためのCCS環境強化を目的とし、ソフトウエア開発・販売という本筋に加えて、コンビケム技術を中心とした受託研究という形でのアウトソーシングサービスの提供に主眼が置かれた。

 ここ2−3年は、コンビケムに代わってバイオインフォマティクスが一大潮流を形成しつつある。アプリケーションはやはり医薬品開発である。バイオインフォマティクスでは、大量のゲノム情報を扱うため、シーケンサーなどの実験装置とのデータ連携、ハイスループットで大量データを処理できるDB技術とデータ解析技術が重要になる。また、DB自体も世界中に散在しているほか、ポストゲノム研究の進展にしたがい、重要なアノテーションをつけた遺伝子DBやプロテオーム関連のDB、たん白質−たん白質相互作用に関するDB、さらにはゲノムDBもさまざまな生物種のものが出現しており、これら多様なDBコンテンツを統合的に取り扱う包括的DB管理技術に注目が集まってきている。

 つまり、バイオインフォマティクスを核にした新しい創薬支援システム体系がおぼろげながらみえ始めたというのが現在の状況である。今年からCCS産業は第2次再編期に入ったといえそうだが、今後はバイオインフォマティクスをめぐる動向がまさにポイントになって行くだろう。

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2000年のCCS業界動向

 2000年は、米ファーマコピアの買収攻勢と欧州最大のCCSベンダーである英オックスフォードモレキュラーグループ(OMG)の解体という大きな動きが目立った1年だった。

 OMGは買収攻勢で事業を拡大してきたベンダーの代表格で、コンビケム技術を中心とした受託研究事業とCCSソフトウエア事業が2本柱となっており、CCSでも分子モデリング、ケムインフォマティクス、バイオインフォマティクスの3分野を網羅する製品群を擁していた。

 しかし、1999年度に巨額の損失を計上したことを理由に、一連のリストラクチャリングに着手することになった。まず受託研究事業だが、HTS技術専門のケンブリッジドラッグディスカバリーをケンブリッジジェネティックスに売却したのに続き、8月にコンビケム技術を持つケンブリッジディスカバリーケミストリーを米創薬ベンチャーのミレニアムファーマシューティカルに売却した。これにより、受託研究部門がほとんど切り離されてしまった。

 ソフトウエア事業の方でも、3月に分子モデリングシステム「CAChe」(1995年2月にテクトロニクスグループから買収)を富士通に売却。さらに、利益面での貢献が小さかったケムインフォマティクスおよびコンビケムを中心とする「Chem-X」(1998年4月にケミカルデザインから買収)を、計算化学システム「UniChem」(1996年5月にクレイから買収)の事業を中止した。そして、9月に残るCCS事業全体をファーマコピアに売却することとなり、現在ではOMGはファーマコピアの1つの事業部門という位置づけになっている。

 そのファーマコピアは、1998年2月にMSIを買収したのに続き、今年2月にはケムインフォマティクスの英シノプシスを買収、さらにOMGを傘下に収めた。ファーマコピアの狙いは明らかに“インフォマティクス”分野を強化することだ。シノプシスもOMGもケムインフォマティクスの有力ベンダーだったことに加え、OMGはジェネティックコンピューターグループ(GCG)製品を中心にバイオインフォマティクス分野でも有力な製品群を擁していたからだ。

 一方、バイオインフォマティクスの最大手ベンダーの1社である独ライオン・バイオサイエンスは、今年の2月にCCS大手の米トライポスに資本参加し、強力な提携関係を築いた。やはり、ライオンのバイオインフォマティクス技術とトライポスのケムインフォマティクス技術を合体させ、新しい創薬支援システムとして結実させることを目指したものであり、10月にはバイエルから共同で大型プロジェクトを受注し、いよいよ本格的な開発に入った模様。

 ケムインフォマティクスとバイオインフォマティクスの統合が、CCSの新しい方向性としてあらわれてきたことは確かで、来年以降の展開からも目が離せない。