R&D支援システム特集:総論

“インフォマティクス”が研究開発を革新

 2001.03.23−情報革命が研究開発(R&D)の世界にも押し寄せている。インターネットの発達や実験などの自動化技術の進歩により、R&Dに役立てて利用できる「情報」「データ」が質量ともに飛躍的に増大してきている。そこで注目されているのが、大量のデータを蓄積・管理し、検索や分析を通して情報の有効活用を促す“インフォマティクス”技術だ。化学や医薬のR&Dにおいては、バイオインフォマティクス、ケムインフォマティクスなどのIT(情報技術)が脚光を浴びつつある。

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 R&Dにおいて活用できる“情報”は、かつては図書館にある書籍や学術雑誌などが中心だった。ところが、1990年代後半からのインターネットの目覚ましい発展によって、オンラインメディアの波が広がり、いまやかなりの情報をインターネットからアクセスして取り出すことができるようになってきた。

 このことに加えて、さらに重要なのは実験から得られる情報量が拡大していることである。ラボラトリーロボットなどの自動化技術の進歩、微量分析技術の向上などにより、大量の実験を高速に実施し、その結果をスピーディーに収集したり分析したりすることができるようになってきた。つまり、ハイスループットスクリーニング(HTS)、ハイスループット実験(HTE)などと呼ばれる技術の普及である。

 “インフォマティクス”がR&Dを一変させた好例は新薬開発の世界であろう。まずは、コンビナトリアルケミストリー/HTS技術が浸透し、膨大な化合物の組み合わせと大量のスクリーニング実験を通して、新薬候補の骨格となるリード化合物を効率よく探索することが目標とされた。さらに、昨年にはヒトゲノムの解読が終了したことで、今後はDNAの塩基配列における遺伝子領域の探索や各遺伝子の機能の解明、生成されるたん白質の機能究明と生体との相互作用の解明、これらによる病気のメカニズムの解明とそれに合わせた作用機構を持つ医薬品開発を主眼とするいわゆる“ゲノム創薬”が医薬品R&Dの主流になってくるとみられている。

 ゲノム創薬においては遺伝子情報をいかに活用するかがカギであり、その意味では新薬開発はいまやITの勝負になっているといっても過言ではないだろう。

 一方、インフォマティクスの波は、計算化学や分子モデリングの世界にも影響を及ぼしつつある。実験をする代わりに計算を行ったり、実験で出せない情報を計算で求めたりして、実験データを補完するやり方が注目されつつある。計算化学は以前は精度を限りなく追求することに精力を傾けていたが、この場合はHTS/HTEに近いスループットで計算値を求めることが第一とされ、逆に精度をある程度犠牲にしてもやむを得ないという考え方になる。このように割り切った計算の使い方も今後は増えそうだ。

 また、情報化学と計算化学のハイブリッドで注目される分野に「化学反応シミュレーター」がある。計算化学は分子の電子状態を計算することで反応性に関する知見を得ることはできるが、化学反応の経路そのものを特定することはできない。また、情報化学は既知のデータをもとにして反応経路を探索することはできるが、その反応自体の合理性や妥当性を検証することが難しい。両者の利点を合体させようというのがこの考え方で、旧通産省の先導研究とも関連したプロジェクトである。

 化学反応でポイントになるのは遷移状態だが、この状態は実験で情報を得ることができない分野であり、計算化学の独壇場となっている。そこで、同プロジェクトは遷移状態の活性化エネルギーなどの情報を用いて、情報化学的に得られた化学反応をスクリーニングにかけ、最も妥当な反応経路を絞り込むことを目指している。

 このように、分子計算がインフォマティクスと結びつくことで、新しいR&D手法が見いだせる可能性が広がっており、今後の進展が興味深い。