明治大学・工業化学科がCCS利用の“計算機実験”

2-3年生のカリキュラムに本格導入、一人一台で学習

 2001.07.16−明治大学理工学部工業化学科は、今期のカリキュラムからコンピューターケミストリーシステム(CCS)を利用した“計算機実験”を本格的に取り入れた。学科の2年生130人全員を対象に、一人一台のパソコンを用いて必修科目として教えているもので、数値処理から分子シミュレーション、さらには化学プロセス設計にいたるまでの幅広い世界を網羅している。とくに、2年生から3年生までの総合的な教育課程を組もうとしていること、またCCSを“実験”としてとらえる発想がユニークである。導入の先頭に立った長尾憲治助教授は「理屈はあとからでもいい。まずは体験を通じて学んでもらいたい」とその狙いを述べる。

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 大学におけるCCS教育は国立大学などで先行事例もあるが、上級生や大学院生を対象にした場合が多く、年間を通したカリキュラムを提供するケースはほとんどみられなかった。

 明治大学工業化学科では、高校での化学教育の現状をかえりみて“実験”重視のカリキュラムを組んでおり、実際の実験器具を利用する「基礎化学実験」と「工業化学実験」に加えて、今期から目玉として導入したのが「化学情報実験」である。今年の2年生から専門必修科目として新設したもので、来年の3年生までのカリキュラムを用意している。今期からの実施を見据えて、前年の1年生の情報処理演習の内容を一部変更し、今回の内容に意図的につなげていったという。

 具体的には、前期/後期合わせて26回の授業計画が立てられており、1回の授業は3時間と密度が濃い。40台のパソコンを一人一台の環境で使用し、学科の2年生130人全員を4クラスに分けて授業を行っている。指導体制は教官が2名と助手が2名で、10人を1人で受け持つ勘定になる。

 教員の負担は増えたが、長尾助教授は「この教育の必要性は全教員が危機感をもって認識している」と述べる。長尾助教授は1998年ごろに講義の形で計算化学を教えた際、「やはりコンピューター授業をやらないとダメだ」と痛感し、1999年に今回の素案をつくった。反対意見はなかったが、費用の面が問題になった。当時のことを室田明彦専任講師は「大学側から予算が出なくても、工業化学科独自ででもなんとか費用を捻出しようという意気込みだった」と話す。最終的には、ハードウエアは大学が、ソフトウエアに関して学科が負担することで落ち着いた。

 CCSのソフトは、CRC総合研究所から米ウエーブファンクションの「SPARTAN」を導入した。ab initioで非経験的分子軌道計算ができる点が決め手になったという。今後のカリキュラムのなかでは、分子動力学法をサポートした富士通の「WinMASPHYC」や、化学工学計算に役立つ三井化学の「イコートラン」などのソフトも利用していく。

 有機化学を担当している室田講師は「当学科ではマクマリーの有機化学を教科書に使っているが、今年の第5版にはSPARTANを使った計算やグラフィックの例がたくさん出てくる。たまたまだが、SPARTANを選んでよかった」と話している。

 さて、今回の明治大学の取り組みで非常にユニークな点は、CCSを“実験”として位置付けていることだ。「量子化学そのものについては、別に講義を用意しているので、この授業は実験と考えてへーっと思ってもらえればいい。背後の理屈を考えるよりも、計算の結果として目にしたものを体験として受け止めてほしい」と長尾助教授。「危険がないから何度でもやれるし、こういう条件でやったらこうなったとか、また計算に失敗したなどということも貴重な経験になる。いままでの学生は化学に対して平面の理解だったが、CCSによって電子の分布や分子の空間的な広がりを立体的にとらえることができるし、分子自身を結合論や構造論の観点から見ることができたのもメリットだと感じている」とも述べる。

 実際、計算と実験と講義がバランスよく組み合わされており、実験でつくった化合物を計算でモデリングし、その特性を調べたり、講義で習ったことを計算で確かめてみたりすることによって、学生の興味が引き付けられたという。「先日、付属高校の生徒の見学会があり、SPARTANでエタノールをつくらせたところ、ものすごく受けた。分子に親しみを持ってくれたように感じた」(室田講師)などの成果も出ているようだ。

 長尾助教授は、「この授業は準備がたいへん。何をどう教えるか、もともとテキストになるものもなかった。授業前には、わざわざ間違った操作もやってみて、どんなエラーメッセージが出るかを確かめておくなど、とにかく時間がかかる。しかし、新しい試みとして教える側にも熱が入っているので苦にならない」と笑う。まずは、明治の学生はコンピューターに強いという評判を確立することが目標だという。