2002年春季CCS特集:総論

バイオインフォマティクス市場が急成長

 2002.06.20−コンピューターケミストリーシステム(CCS)は、広く物質設計のためのソフトウエア技術としてすでに20年以上の歴史があり、研究開発(R&D)のための重要な要素としていまや完全に定着した感がある。実験と分析と計算の3つを有機的に組み合わせ、研究そのもののスループットを向上させることが、新薬や新材料開発を目指す企業にとってのR&D戦略の柱になりつつある。ここ数年のCCS市場は、ゲノム創薬をターゲットにしたバイオインフォマティクス分野で急速な成長を遂げており、世界中の大手IT(情報技術)ベンダーが有望領域として注目しているほど。また、理論化学をベースにした計算化学分野でも大きな進展がみられる。この分野は外国のソフトが大勢を占めるが、ここへきて国内の大学などで開発された最新のソフトが登場しつつあり、広く普及するかどうかに注目が集まっている。

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 CCSは、遺伝子やたん白質の解析から構造解析、機能解明などのいわゆるゲノム創薬に結びつくシステム群を網羅した“バイオインフォマティクス”、低分子側の化合物情報や反応情報、文献・特許情報検索をはじめ、実験データ管理や試薬管理などの幅広い研究所向けデータベースアプリケーションを含んだ“ケムインフォマティクス”、原子・分子レベルでの構造や電子状態の解析、物性予測などの計算シミュレーションを中心とした“計算化学/分子モデリング”−の3大領域のシステムから構成される。

バイオインフォ:国家プロ絡み受注競争熾烈に

 2001年度の国内CCS市場は、CCSnewsの推定によると約309億円で、前年度に対し25%ほどの成長をしたと考えられる。これは、CCS分野のパッケージソフトを中心とする国内ベンダー各社の事業実績をベースに推計したものだ。

 バイオインフォマティクス市場には、大手のコンピューターメーカーやシステムインテグレーター、コンサルティングファームなども大挙参入しており、国家プロジェクトがらみの受注合戦が激化している。これらの案件には高性能なコンピューターや大容量のストレージシステムにもかなりの金額が投下されており、それらを含めるとバイオインフォだけで市場規模は1,000億円近くに達しているとみることもできる。

 CCSnews推定の309億円には、パッケージベンダーが納入したハードウエアやシステムインテグレーション(SI)の売り上げは含まれているが、パッケージを持たないベンダーのビジネスは含まれていないということで参考にしていただきたい。

 さて、昨年度に大きく成長したのは、やはりバイオインフォ中心のベンダーである。売り上げが40−60%アップという好調なところも目立つ。しかし、反対にあまり伸びなかったベンダーもあった。

 これは、市場全体が国家プロジェクトへの依存度が高いためとみられる。つまり、ここ1−2年で終了したプロジェクトが多かったため、それらに依存していたベンダーは収益源を絶たれることになったわけだ。ただ、この分野に対する予算はなおも潤沢に配分される傾向にあり、新たなプロジェクト獲得に成功できたベンダーはその分だけ売り上げを伸ばすことができた。

 とはいえ、受注合戦が激しくなりプレーヤー自体が増えているので、単純に取り分が目減りすることは否めない。各ベンダーにとっては応札のテクニックも重要だろうが、いかに技術面で差別化できるかが長期的には明暗を分けるだろう。

ケムインフォ:業務アプリとの統合が進展

 一方、ケムインフォマティクスはCCSのなかでも最も歴史のある領域であり、大手の化学/医薬企業はすでに何らかの形で導入しているのが普通だ。1990年代中盤にコンビナトリアルケミストリー技術がブームになって以降、実験装置のロボット化/ハイスループット化が進み、ゲノム情報も合わせてR&Dにおいて活用すべき情報量がそれまでの何百倍何千倍にも拡大、データベース技術の重要性がますます高まってきた。大量の情報を駆使する新しいR&Dスタイルに合わせて、ケムインフォマティクスのベンダー各社は研究のワークフローをトータルにサポートできるようにアプリケーションを高度化させている。

 それと同時に、IT業界全体のトレンドとして、データベースアプリケーションはウェブベースの3層アーキテクチャーが主流になりつつあり、それに合わせたシステムの刷新が行われて、新たな市場の需要を呼ぶという循環がみられる。

 ユーザーが社内に構築したデータベースと、インターネットを介してアクセスできる外部コンテンツがシームレスに連携できる環境が実現されている。10年ほど前までは、データベース検索は特殊なテクニックで、使用者は限られていた。しかし、現在では研究者の誰もがやさしくデータベースを駆使できる時代になった。利用者の拡大とともに市場の成長も続くと予想される。

モデリング:海外品が市場圧倒、急がれる国産の普及

 計算化学/分子モデリング分野は、ソフトウエア面でそれほど大きな変革はないが、定番のパッケージ製品にとっては安定した市場となっている。これらはほとんどが外国の製品で、逆に国産のソフトにとっては昨年度は厳しい状況にさらされたところが多い。経済環境が悪いなかで、実績のある外国のソフトに需要が完全に流れてしまった印象がある。

 ただ、国内の計算化学関連サークルの間では、ここへきて外国一辺倒になっている状況をなんとか打破したいとの思いが強くなってきているようだ。例えば、今年の5月に東京大学・産学共同研究センターにおいて「ナノシミュレーション基盤ソフトウエアシンポジウム」が開かれた。東京大学、京都大学、名古屋大学、産業技術総合研究所、物質・材料研究機構などで開発されたCCS関連ソフトが企業の研究者に紹介され、実務で積極的に使用してほしいとの呼びかけが行われた。

 国内の計算理論の学問的水準は、欧米と比べてもむしろ高いという指摘が以前からあり、ソフトに仕上げて普及させる段階に問題があるのが実態だといわれている。国内の研究者が開発した理論やアルゴリズムが外国のソフトに盛り込まれるケースがむしろ目立っているため、そうした状況を変えたいという思いを持つ研究者が増えてきている。

 このシンポジウムでは、名古屋大学の土井正男教授のもとで昨年度までプロジェクトが遂行された高分子統合設計システム「OCTA」、東京大学の平尾公彦教授らが開発した非経験的分子軌道法ソフト「UTChem」などが紹介された。

 OCTAは4月からオープンソースとして無償公開されており、すでに世界中で300本以上が配布された。民間のベンダーから商用版が発売される計画もある。UTChemもオープンソースで、改変や配布も完全にフリーとなっている。独自アルゴリズムによって二電子反発積分を3ケタ高速化しており、この分野の定番であるGAUSSIANの60倍の計算速度を達成しているという。並列化の効率もきわめて高く、63ノード環境においてノード数の上昇を上回る100倍という性能向上を示した。

 その他の大学生まれのソフトでは、豊橋技術科学大学で開発された配座探索ソフト「CONFLEX」がすでに商用化され、順調に普及しはじめている。さらに、同大学で開発中の化学反応設計支援システムも商用化の話が出てきているようだ。

 国産CCSが定着するかどうかは、やはり国内でどれだけ実際に使われるかに大きく左右されるだろう。外国の大手ベンダーのCCS製品並みの開発やサポートの水準を実現し維持することは簡単なことではないが、国内の研究者の情熱から生まれたこれらのシステムが大きく成長することを願いたい。