新生HP:ライオネル・ビーンズ氏インタビュー

最も完全なソリューション、業種特化した知識・ノウハウでリード

 2002.10.11−新生HP(ヒューレット・パッカード)は、ライフサイエンス向けIT(情報技術)戦略を一段と強化する。旧コンパックと旧HPのそれぞれの強みを合体させ、ゲノム/プロテオミクスなどのバイオ研究分野だけでなく、健康・医療、さらには材料科学分野までを含めて幅広くコンピューターシミュレーション技術の展開を図っていく。「ライフサイエンスにITを適用するうえで当社が最も完全なソリューションを持っている」と述べるライオネル・ビーンズ氏(ワールドワイドライフ&マテリアルサイエンスグループマネジャー)に最近の市場動向や新生HPの事業戦略について聞いた。

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 − 新生HPがライフサイエンス市場に関心を持つ理由はなんですか?

 「IT産業にとって、物理や化学は以前からの市場だが、1990年代後半になるまでは生物学はあまりコンピューターを使用する分野ではなかった。ところが、ヒトゲノム解析が加速しはじめたことで見方ががらりと変わった。いまや世界最大のデータベースはゲノム企業の中に存在するし、世界最高速のコンピューターを要求しているのも、たん白質解析などのライフサイエンス分野だ」

 「一方で社会的な側面もある。先進国が高齢化社会を迎えると、富裕層はもっと健康に長生きしたいという願いを持つようになり、それが政府や産業界に圧力をかける。例えば、米国人の10%は生活習慣病をわずらっているが、彼らの医療費は健康な人の5倍もかかっている。財政上の観点からも、政府はライフサイエンスの研究開発に多大の関心を払うことになる」

 「こうなると、世界中のITベンダーがライフサイエンス市場に注目するのも当然だ。ただ、“ドットコム革命”のバブル崩壊という手痛い先例もある。あまり楽観的になるのも危険だろう。現在のバイオ技術が速やかに実用化され、即座に生活を変革するとは考えない方がいい。まだまだ課題は多いし、技術的な壁もある。しかし、最終的には人類全体の福音となることは間違いない」

 − 新生HPのライフサイエンス事業体制はどう強化されますか?

 「創薬を例に取ると、旧コンパックは研究開発分野に強く、旧HPは製造や臨床試験などの分野で実績があった。オーバーラップしていなかったため、統合のシナジー効果も大きくなる。人員はコンパックとHPのそれぞれのライフサイエンス部隊から50対50で強化した。HPTC(ハイパフォーマンステクニカルコンピューティング)事業部門の4本柱の一つという位置づけであり、全体では30億−40億ドルの売り上げ規模がある。現在合併作業中なので正確にはいえないが、われわれのライフ&マテリアルサイエンス部門はその中で少なくとも20%は占めているし、最も成長が速い」

 − 他社もこの分野には力を入れています。新生HPの強みはなんでしょう?

 「新生HPはインテルマシンの世界最大の供給者であり、Linux分野でも同様の地位にある。UNIXでは業界最速のマシンを提供しているし、ストレージでも最大級のシステムを擁している。またサービスでも実績豊富だ。ライフサイエンス分野に最高の情報技術を提供する点では、新生HPのソリューションが一番完全だろう」

 「確かに、アプリケーションパートナーの顔ぶれは他社と共通かもしれないが、個々のユーザーの要求に合わせてどのようにシステムを組み上げ構築していくか、いかに継続的にサポートしていくかなど、ライフサイエンス市場に特有の知識やノウハウではわれわれに一日の長があると思う」

 − 今後、この市場はどのように発展しますか?

 「バイオ研究ではとにかく大量のデータが発生する。その中から重要な知識を取り出すためにコンピューター利用が欠かせない。将来的には、生命現象の背後にある“数学”を理解できるようになれば、シミュレーションで多くのことが可能になる。現在、自動車や航空機などの工業製品の設計や開発はほとんどが“インシリコ”(シミュレーション)で行うことができる。実際に金属を切ったりするのはそのあとだ。その方が信頼性の高い車ができるので消費者にも恩恵になっている」

 「しかし、バイオの世界はそう簡単ではない。例えば、米国政府が巨額の資金を投じて巨大スーパーコンピューターを開発したASCIプロジェクトがある。この主要なアプリケーションは核実験のシミュレーションだった。これは、エネルギーレベルが極端に大きいだけで基本的には線形問題であり初期状態もわかっているため、大きなコンピューターさえあれば解けるものだった。ところが、細胞という単位を考えてみれば、そのエネルギーレベルは小さ過ぎて測定不能だし、初期状態ひとつとっても何万もの可能性がある。またそもそも細胞内のメカニズム自体がわかっていないところが多い。これからは、学際的な英知を結集して生命のシステムを解き明かす努力が必要だろう」

 − そうなると、もっと高速なコンピューターも必要になりますね。

 「今年の4月に、パシフィックノースウエスト国立研究所(PNNL)からアイテニアム2を1,400個搭載した世界最大のLinuxクラスター型スーパーコンピューターを受注した。8.3テラFLOPSの性能を予定しており、新生HPとしてはこのプロジェクトの成功に全力を傾けている。2003年に完成の予定だ。また、ASCIプロジェクトの一環で開発し、ロスアラモス国立研究所で稼働中の“Qマシン”と呼ばれるシステムもある。こちらはアルファプロセッサーベースで30テラFLOPSの性能だが、新プロセッサーへの換装で2004年には100テラFLOPS達成を目指している」

 「これからのスーパーコンピューターはある意味で単純なビルディングブロック型のアーキテクチャーが望ましい。クラスタリング技術の重要性が増すだろうし、グリッドコンピューティングも興味深い。同時に、管理性や経済性も追求しなければならない。優秀な研究者がますます必要とされるだろう」

 − 日本では、バイオインフォマティクスの研究者不足が指摘されています。

 「私は逆にコンピューター科学者の不足が心配だ。米国の若者にコンピューター科学は人気がない。ここ10年ほどは人文系に進む学生が多く、最近になって理工系の人気が復活しているが、やはり生物学が中心だ。スーパーコンピューターを開発する優れた人材がいなければ、結局はバイオ科学の発展もさまたげられてしまう」

 − 最後に、新生HPとしてのアピールを・・・。

 「われわれはライフサイエンスをゲノムだけだと思っていないし、材料科学も含めて幅広く取り組んでいる。また、新生HPになって“HPラボ”が設立された。われわれ自身もさまざまな研究を進めており、ライフサイエンスに加えてナノテクなども重要なテーマになっている。これにより、新生HPはこの市場でコンパック時代の3倍の力を発揮すると約束する」