ABINIT-MPバイオステーションのユーザー会が設立
文科省プロジェクト、実用化へ向け利用者の声をフィードバック
2003.06.07−国立医薬品食品衛生研究所の中野達也博士(主任研究官)らの研究グループは、量子化学理論に基づいてたん白質と薬物分子との相互作用を解析するシステム「ABINIT-MPバイオステーション」の実用化を目指し、実際の利用者の意見や要望を集め、システムの普及と浸透を図るためのユーザー会を本格的に運営開始した。これは、文部科学省ITプログラムの「戦略的基盤ソフトウエアの開発」プロジェクトの一環として開発されているシステムで、2006年度に完成の予定。実際に使用できるバージョンはすでにできあがっており、さらに開発を進めつつ実用性を高めるのが狙い。
文科省プロジェクト「戦略的基盤ソフトウエアの開発」は、日本の産業競争力の向上をもたらす戦略的ソフトウエアを国産技術で確立しようというもので、5つのグループが実際の開発を実施している。具体的には、バイオ分野で「次世代量子化学計算システム」と「たん白質−化学物質相互作用解析システム」、物質・ナノテク分野で「ナノシミュレーションシステム」、環境分野で「次世代流体解析システム」、防災分野で「次世代構造解析システム」があり、さらにこれらのアプリケーションを統合的に利用するためのプラットホーム開発およびミドルウエア開発を行うグループが存在している。
このうち、今回、ユーザー会が設立されたABINIT-MPバイオステーションは、「たん白質−化学物質相互作用解析システム」の分野を担っている。他の4つのアプリケーションは先行して開発が進んでいたこともあってすでに国内にユーザー会が設けられていたため、今回のABINIT-MPバイオステーションユーザー会設立によって、プロジェクト全体でのユーザー会を通したバックアップ体制が整ったことになる。
さて、ABINIT-MPは、筑波大学の菊池修教授らが開発した非経験的分子軌道法ソフト「ABINIT」をベースに、産業技術総合研究所の北浦和夫教授(計算科学部門総括研究員)らの“フラグメント分子軌道法”と呼ばれる理論を組み込み、並列処理に対応させたソフトで、国立医薬品食品衛生研究所の中野博士らのグループが5年ほど前から開発を進めてきたもの。今回のプロジェクトでは、ABINIT-MPバイオステーションという形で、薬物と受容体との相互作用を実際に解析できるように周辺プログラムやグラフィカルユーザーインターフェースを統合して、全体を実用システムに仕上げていく。
理論的基盤であるフラグメント分子軌道法(FMO法)は、たん白質をアミノ酸残基単位で分割し、分割したフラグメントとフラグメントペアから分子全体を計算するという電子状態理論の近似方法を用いている。このため、分子全体を一度に扱う必要がなく、たん白質のような巨大分子でも量子化学計算の対象にすることが可能。現在、生体高分子は古典力学でシミュレーションされる場合がほとんどだが、これでは電子状態が解析できず精度的にも満足できないことが多いことから、量子力学的に計算したいというニーズが高まっていた。
ABINIT-MPバイオステーションは、このFMO法を用いた薬物と受容体の相互作用解析システムのほか、インシリコスクリーニングのためのドッキングシミュレーションシステムも用意する。これは、分子の立体構造に依存して原子電荷を計算する“電荷平衡法”(MQEq法)に基づいた力場を使って分子間相互作用を解析し、対象のたん白質に対する各化合物の適応性を高速に評価、有望な薬物候補分子をふるい分ける。実際の利用法としては、このスクリーニングのあとにFMO法による精密な相互作用解析を行い、リード化合物を絞り込んでいくことになる。
ABINIT-MPバイオステーションではさらに、創薬研究に役立つデータベース(DB)の整備も進める。医薬化合物や核内受容体、膜受容体、酵素などに関する三次元構造や配列情報、実験データ、さらに相互作用解析などの計算結果データも集積して再利用できるようにしていく。そして、これらの全体をJavaベースのグラフィック環境で統合する。
研究グループは、プロジェクトのサイト(http://www.fsis.iis.u-tokyo.ac.jp/)を通してソースコードおよびウィンドウズ版バイナリーコード、利用マニュアル、チュートリアル、FAQ集、プログラム解説マニュアルなどをユーザー会員に対して提供。会員からのフィードバックを開発に生かしていく。サイトからのダウンロードは6月末までにスタートさせる。システムは、来年3月にはほぼ完成に近づくということだ。
なお、ユーザー会の会長には北浦教授が就任しており、会費などは無料。興味があれば誰でも会員になれるという。