2003年秋のCCS特集:総論

新たな海外製品が次々と登場、国産ソフトの開発も活性化

 2003.12.03−コンピューターケミストリーシステム(CCS)は、昔ながらのカンや偶然に頼らない合理的な研究を推進するツールとして、ますます重要性を高めている。最近では材料特性に対する要求が高度化しているほか、医薬分野でも具体的な創薬ターゲットを射貫くかたちでの新薬探索が志向されており、コンピューターシミュレーションを駆使して研究の確実性を向上させることがまさに急務となってきたためだ。ここ数年は欧米でもニューベンダーの新たな創業期に入りつつあり、この1年間に多数のユニークなソフトが日本に上陸した。一方で、国内におけるCCS開発もここへ来て活発化しつつあり、新しいベンダーの市場参入もみられている。

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 世界のCCS市場は、2001年ごろまでの大規模な再編期を経て、大手ベンダーを中心とする動静が安定してきているのが現状。昨年から今年にかけては買収や合併などの動きはほとんどみられない。ただ、CCSの世界は決して停滞しているわけではなく、新しい方法論が次々にあらわれてきており、ここ数年はニューベンチャーの新創業期ともなっていたようだ。実際、この1年間に新たに日本市場に進出したベンダーは2000年前後に設立された企業がほとんどである。

 一方、欧米で歴史のあるベンダーは、日本市場に対する戦略を引き続き強化している。総合ベンダー最大手の米アクセルリスは、直販体制をさらに強化しつつ、技術サポートのスタッフを増員中。顧客満足度向上を最大の課題と位置づけて体制固めに磨きをかけている。

 ケムインフォマティクス分野の最大手である米MDLの子会社、日本MDLインフォメーションシステムズも営業や技術を増強中だ。アクセルリスはケムインフォマティクス分野で富士通、バイオインフォマティクス分野で三井情報開発、大学・官公庁分野でダイキン工業と代理店販売も継続しているが、日本MDLは昨年から今年にかけてほぼ直販体制に切り替えた。米MDLと米サイテジックの販売提携に基づき、サイテジックのデータマイニングツール「パイプラインパイロット」の国内販売元が菱化システムから日本MDLへと変更になっている。

 中堅どころでは、昨年に日本支店を開設した米ウェイブファンクションに続き、今年の春には米ケンブリッジソフトが日本支社を設けた。「ChemDraw」で知られているベンダーで、代理店の富士通やヒューリンクスと協力して企業向け市場の拡大に力を入れている。

 海外のCCSの輸入販売を中心にしてきた国内の大手ベンダー各社は、新製品の導入にさらに拍車をかけた。この1年ほどに新たに代理店契約が行われたなかでは、CTCラボラトリーシステムズが「エルドラド」(独ジェノマティクス)や「クラスファーマ」(米バイオリーズン)、理経が「センティエントITプラットホーム」(米バイオセンティエンツ)、インフォコムが「デブラ」(英ラボロジック)や「アルゴリズムビルダー」(加ファーマアルゴリズム)、「OmniViz」(米オムニビズ)、アダムネットが「インフォーム」(英インテリジェネシス)、住商エレクトロニクスが「ワトソンLIMS」(米インナフェーズ)、ヒューリンクスが「TurboWorks」(米ターボワークス)−などの製品を市場投入したことが主な動きとしてあげられる。

 次に注目したいのは、国内でのCCS開発が久しぶりに活性化しつつあることだ。CCSの黎明期である1980年代後半に、大手化学会社とコンピューターメーカーとの共同によるソフト開発が盛んに行われたが、1990年代半ば以降は市場は外国ソフト一辺倒となり、国産CCS開発は事実上停滞してきた。

 そのなかでも、国産最大手の富士通は1980年代後半から一貫してCCS事業を継続し、いわば“国産CCS冬の時代”にも外国ソフトを傘下に収めながらパッケージづくりを進めてきていたが、グループとしての開発体制も十分に機能するようになり、今年は自社開発製品を相次いで投入した。具体的には、バイオ文献マイニングツール「Xminer」、創薬研究向けソリューション「BioMedCAChe」、たん白質と医薬分子とのドッキングシミュレーションを半経験的分子軌道法で行う「CACheローカルSCF」を発売。また、たん白質の分子動力学法シミュレーションを超高速で実行する専用ハードウエア「バイオサーバー」も発表している。

 長年、海外製品の輸入販売を行ってきた菱化システムも、自社パッケージ開発に取り組みはじめた。菱化システムの音頭により、米イーオンテクノロジーと加ケミカルコンピューティンググループ(CCG)との3社共同で材料設計分野のCCS開発を進めている。菱化システムが開発にも乗り出すことができたのは、CCGの統合CCSプラットホーム製品である「MOE」の存在が大きい。MOEはCCG独自のプログラミング言語“SVL”で記述されており、ソースコードが完全に公開されている。このため、SVLに習熟すればMOE上でのソフト開発を自由に行うことが可能。実際、菱化システムでは独自に開発したMOE用のプログラムライブラリーをユーザーに無償提供することにも取り組んでいる。

 新規参入組では、NECソフトがカリフォルニア大学アーバイン校のフィリップ・シュー教授と共同で「セマンティックオブジェクツ」を製品化した。これは、ライフサイエンス分野のデータベースや知識ベース、解析ツールなどを統合できるプラットホーム製品で、アプリケーション構築の開発環境として利用できる。シュー教授が考案した“コンポーズ言語”を利用して、自然語でさまざまな知識情報処理を行わせることができるのが特徴である。すでに官公庁がらみのプロジェクトで採用例も出てきており、来年は民間への普及も期待される。

 さらに見逃せないのは国家プロジェクトをベースにした国産CCS開発が相次いでいることだ。CCSのプロジェクトは過去にいくつもあったが、普及が開発に参加した企業内だけにとどまってしまい、そのうちにメンテナンスが行われなくなって自然消滅するというパターンが多かった。しかし、最近のプロジェクトでは、開発終了後も継続的に改良し、広範な普及を目指すための体制づくりを同時に考慮する事例が増えてきた。具体的には、経済産業省プロジェクト「高機能材料設計プラットホームの開発」をもとに、日本総合研究所が「J-OCTA」の名称で商用版を開発中。来年3月にベータ版がリリースされる予定だが、当初の高分子材料設計支援分野にとどまらず、MEMS(マイクロマシン)や燃料電池、ナノ複合材料などの分野にも適用できる次世代システムとして実用化を図っている。昨年から予約販売を行っているが、もとのプロジェクト参加企業以外にも着実に利用者が広がりつつあるという。

 もう1つは文部科学省プロジェクトの「戦略的基盤ソフトウエアの開発」で、2006年度までのプロジェクトだが、すでに商用化を図るための専門企業であるアドバンスソフトが設立されている。このプロジェクトは、日本の産業競争力の向上をもたらす戦略的ソフトウエアを国産技術で確立しようというもので、5つのグループが実際の開発を実施している。具体的には、バイオ分野で「次世代量子化学計算システム」と「たん白質−化学物質相互作用解析システム」、物質・ナノテク分野で「ナノシミュレーションシステム」、環境分野で「次世代流体解析システム」、防災分野で「次世代構造解析システム」があり、さらにこれらのアプリケーションを統合的に利用するためのプラットホーム開発およびミドルウエア開発を行うグループが存在している。

 これらの開発成果を製品化するアドバンスソフトは、ゼクシスや日立製作所、富士総合研究所などが出資して設立されたベンダーで、すでに社員数は30名以上。本格的な事業体制は整っており、プロジェクト成果のパッケージ以外にも受託開発や解析サービス、技術コンサルティングなど幅広い取り組みを進めている。

 その他、今年に発売された新製品のなかで製品化ラッシュとなったのが、遺伝子/たん白質のデータマイニングシステムである。医薬分子設計研究所の「KeyMolnet」、富士通の「Xminer」、インフォコムの「パスウェイアシスト」、日立ソフトの「DNASISジーンインデックス」、NECの「バイオコンパス」などが一挙に登場した。パスウェイアシスト(米アリアドネ社製)以外はすべて国産ソフトだという事実も興味深い。

 この分野では、大量の配列情報と文献情報があふれかえっており、研究対象のターゲットに関する的を射た情報を探し出すためにたいへんな労力と時間を費やしているのが現状。これらのシステムは、それぞれ独自のテキストマイニング技術を用いて遺伝子と遺伝子、遺伝子とたん白質、たん白質とたん白質、またはそれらと特定の疾病との関連性などの情報を相互に関連づけて抽出・インデックス化しており、ほしい情報を芋づる式に引き出したり、条件をつけて絞り込んだりすることができる。来年にかけてどのソフトが大きなシェアを獲得するかも注目されよう。

 来年以降の動向を予想することは難しいが、1つにはドッキングシミュレーションが大きな市場になると期待される。たん白質の構造や機能に関する研究が進み、それらを創薬ターゲットとした新薬分子設計のアプローチが進展すると思われるためだ。これも海外のソフトが先行している分野で、住商エレクトロニクスが販売している米トライポスの「FlexX」やインフォコムが販売中の米シュレーディンガーの「Glide」、米アクセルリスの「LigandFit」などの製品がある。

 これに対して、富士通が開発した「CACheローカルSCF」や文科省プロジェクト「戦略的基盤ソフトウエア」で開発中の「ABINIT-MPバイオステーション」が市場でどのような評価を受けるかが注目される。国産勢のソフトは両方とも量子化学的視点でたん白質と薬物分子との相互作用を解析しようとしている点で、海外製品群とは方法論が異なっている。CACheローカルSCFはすでに販売中、ABINIT-MPも来年3月にはほぼ完成に近づく予定であり、開発途中のバージョンをプロジェクトのサイトからダウンロードすることもできる。