米シミュレーションズプラス:ウォルトス会長社長兼CEOインタビュー

インシリコ創薬で研究プロセスを革新、PBPKなど新モデル拡充

 2005.02.08−新薬開発において計算機実験による手法が広く普及し、インビボ(生体内)、インビトロ(試験管内)に加えての“インシリコ”(シリコン上、コンピューター上)という言葉もすっかり定着しつつある。そのインシリコ創薬支援システムのルーツ的存在が米シミュレーションズプラス社。薬品を服用する際に生体内で生じるADME(吸収・分布・代謝・排出)をシミュレーションする「GastroPlus」をはじめとするソフトウエアを開発・販売している。同社のウォルター・ウォルトス会長社長兼CEOは、「航空宇宙やエレクトロニクス産業は、シミュレーションしてから物づくりをするが、製薬産業はまずつくってからテストをしている。他産業と同様にシミュレーション技術を利用できるように手助けするのが当社の使命だ」と述べる。

           ◇      ◇      ◇

 ウォルトス会長は、もともとロケット工学の技術者出身。身障者用のワードプロセッシングシステムを開発し、最初に1981年にワーズプラス社を設立した。「車イスの天才科学者」と呼ばれるスティーヴン・ホーキング博士がコミュニケーションするためのワープロシステムを提供したのが同社だという。その後、薬物動態学の権威であるミシガン大学のゴードン・アミドン教授と協力してADMEシミュレーションシステムの開発に乗り出し、1996年にシミュレーションズプラス社を設立した。

 当時を振り返って、「製剤やADMEの研究者にはインシリコという概念がまったくなかったので、疑いの目でみられたりもした。アミドン教授の名前で門前払いをまぬがれていたようなもの」とウォルトス会長は笑う。新しいソフトウエア、新しい方法論を理解してもらうのに1年ほどの時間がかかったという。

 1998年から代理店を介して日本市場に進出しており、現在の売り上げ比率は、北米50%、欧州30%に対して、日本が20−25%といった水準。国内代理店は、昨年9月から新たにノーザンサイエンスコンサルティング(村上剛社長)が務めている。

           ◇      ◇      ◇

 − インシリコでのADMEシミュレーション技術が登場して10年近くになります。GastroPlusの基本機能は、経口投与された薬物分子の消化管での吸収を血中濃度の変化などによって予測することですが、最近はどのようなニーズの変化がみられるでしょうか。

 「最近ではさらに精密な分析を求めるニーズが増大している。そこで、今回の最新版では、新機能として生理学的薬物動態モデル(PBPK)モジュールを追加した。脳や肝臓などの異なるそれぞれの組織に対して薬物がどれくらい浸透するかを詳しく調べることができる。また、ADMEの特性予測では毒性に関するニーズが増えており、最新版の“ADMETプレディクター”では6種類の毒性予測に加え、大幅な精度向上を果たしている。例えば、(ADME予測の基礎数値になる)pKa(解離定数)を算出できるソフトは多いが、他社製品のほとんどが自由エネルギー計算を行っているのに対し、ADMETプレディクターはマイクロスピーシーズ計算を採用してるために精度が高い。ユーザーが社内のデータを使って予測モデルを自分で組み立て、自社の化合物の系統にマッチしたADMET予測を可能にするツール“ADMETモデラー”も提供している」

 − それら新製品のアイデアをどこから得るのですか。

 「われわれには40−50社の顧客がおり、日米欧の大手製薬会社の多くが当社の製品を利用してくれている。ほとんどの場合、これら顧客のリクエストに基づいて新機能や新ソフトを開発している。ただ今回、自分たちの発想だけでまったく新しい製品をつくり上げた。それが“DDDPlus”で、製剤溶出試験をシミュレーションするものだ。いわゆる模擬実験であり、通常はパドルのスピードを上げたり、ペーハーを変えたりして、いくつもの条件を試す時間のかかる作業だが、このソフトは瞬時に答えを出し、望ましい条件をあらかじめ絞り込んでくれるので、試験全体に要する時間を大幅に短縮できる。日本でも大いに役立てていただけると思っている」

 − 当初はADMEシミュレーションに対する理解を得るまでに時間がかかったということですが、その導入効果はいかほどのものなのでしょうか。

 「少し前にドイツで、アミドン教授も参加してミーティングを持ったのだが、その席である大手製薬会社の研究者が、20年かかって治験に進んだ医薬品の特性をGastroPlusでは15分で予測できたという話しをしていた。また、ジェネリック医薬品だが、治験のフェーズ2で2回も落ちてしまい、われわれのところに相談に来たケースがあった。フェーズ1のデータを入れて当社のツールで解析したところ、ネガティブな結果が出た。この段階で製品にならないと、費用の面からみても企業の受ける損失は大きい。治験に入るジェネリック薬のフォーミュレーションが適切かどうか、早期に判断できる点で、われわれのツールは新薬に加えてジェネリック分野でも有用だと信じている」

 − シミュレーションズプラス社のミッションとゴールについてあらためて聞かせてください。

 「航空宇宙や電子産業はシミュレーションを十分にしてから物づくりを始めるが、製薬産業は最初に物(分子)をつくってからテストに入る。宇宙産業などはシミュレーション上で何度も失敗を繰り返し、その度にモデルを直していくので、実際に物をつくった時には失敗はかなり少なくなっている。製薬産業に対しても、できるだけ早い時期にシミュレーションを適用し、治験で失敗するようなことがないように支援したいと思っている。そのために、さらにいろいろなシミュレーション手法を導入し、治験に入る時にはかなりの成功確率が保証できる状態にもっていくことが当社のゴールになるだろう」

 「また、同じ研究者として思うことだが、医薬の研究者は一生涯働いても、ただ一つの製品も生み出せなかったという人も少なくない。当社の技術によって研究のプロセスが変革し、すべての研究者が自分の研究が報われた喜びを味わえるようになるなら、本当にうれしいことだ」