富士通:小倉誠常務理事インタビュー

重要な節目を迎えるCCS事業、医薬候補化合物を自ら創出

 2007.12.05−富士通のコンピューターケミストリーシステム(CCS)事業は、新たなステージに進みつつある。この市場において、国内で最も古いベンダーであり、また途中で中断することなく、長年にわたって事業を継続。その事業戦略は時々に応じて変化してきたが、ここへ来てパッケージソフトを中心としたビジネスと、実際に有望な候補化合物を生み出すまでの創薬支援サービスの2分野が絞り込まれ、それぞれ重要な節目を迎えつつある。CCS事業を統率する小倉誠常務理事・バイオIT事業開発本部長に話しを聞いた。

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 − 昨年から今年にかけて、また来年に向けて電子実験ノートブック(ELN)市場が盛り上がってきています。国内では実質的に富士通が市場をリードしていますね。

 「2001年ごろから米ケンブリッジソフト(CS)と一緒に市場を開拓してきた。ただ、このシステムは、米国のソフトをそのまま持ってきても日本には合わない。日本語対応という問題があるし、日本の製薬会社の研究の仕事の流れが欧米とは異なっている。当局への対応の仕方も違う。帳票・レポートが違うという印刷の問題もある。フローチャートの書き方も異なる。そのような点をCS社に改善要求したり、富士通側で手を入れたりして、使えるシステムに仕上げてきた」

 − 本格的な需要期に入りつつあるとみて良いですか。

 「欧米では、大手製薬会社の合併が急速に進んだことで、研究情報をいかに共有するかという課題がクローズアップされた。向こうは研究拠点もグローバルに分散しているので、情報共有に対する意識が非常に高い。また、社内のIT部門のスタッフが充実していることもあって、メガファーマにおいては一気にELN導入が進んだ。すでに、有機合成部門への本格展開は終わり、生物系の部署、プロセス化学や製剤、知財などの開発段階の部門へとアプリケーションが広がりつつある」

 「それに対して、国内ではいま10社ほどが導入・展開中だとみているが、パイロット的な導入が多く、ほとんどは評価中という段階だ。とくに、国内ではELN導入は全社的な業務改善に近い話しになるので、顧客側の動きは欧米に比べてかなり遅いのが現状だ。ただ、プロジェクトがスタートすれば、われわれのようなシステムインテグレーターがお手伝いできるシーンがたくさん出てくるため、大きなビジネスになる」

 − 顧客の動きが遅いという意味では、どの辺に問題がありますか。

 「少し口はばったいが、情報を有効活用する意識が、もう一段変わっていかないといけないと思う。例えば、実験ノートは個人のノウハウで、論文を書いて自分の成果にしてしまうまでは他人にみせたくないという意識が働くのではないか。また、ELNを導入して研究者個人の利便性が向上するなどのボトムアップ的な視点も重要だが、それが全社の研究開発戦略にどう位置づけられ、いかに貢献できるかといったトップダウン的な視点が必要になってくるだろう。その意味では、欧米の典型的なユーザー事例がもっと出てこないと、日本のユーザーはなかなか動かないと思う」

 − なるほど。では、欧米のELN市場はすでにひと山を越えていることになるようですが、ベンダーサイドの動向はどうですか。

 「すでに、淘汰の段階に入っているとみている。2−3年前は25社くらいあったらしいが、いまは10社ほどに絞られてきている。そのうち、有力なのは3社ほどで、CS社が50−70%のシェアを握っているようだ。当社としては、強力で実績豊富なCS製品を武器に、創薬基盤システムという位置づけでELNの全社展開を支援していきたい」

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 − 次に「SCIGRESS」についてうかがいたいと思います。富士通の材料系CCS統合製品として期待されますが、この製品構想が生まれた背景について教えてください。

 「CACheやマテリアルズエクスプローラーなど、自社開発のパッケージがいくつかあるが、製品の出自がそれぞれに異なるほか、開発者の個人的な力量に頼っているところもあった。そのため、各製品を統合することは難しかった。それで今回、製品のコアを完全につくり直し、インターフェースをオープンにして、用途によっていろいろなソルバーやGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)を組み込めるようにする。これから10年以上は保つアーキテクチャーにしろと号令をかけている」

 − 来年6月に最初のバージョンをリリースする予定ですね。

 「まずは、既存の製品を継承できるGUIとソルバーを付けて製品化するが、そのあとは別のGUIやソルバーを用意してアプリケーションを広げていく。その際、コアが共通化されていれば、見た目はまったく別のソフトになってしまってもかまわないと考えている」

 − この場合の“コア”とは何を意味しているのですか。新アーキテクチャーの狙いは?

 「SCIGRESSのコアには、GUIの部品群やデータモデルなどが含まれている。そして、コアを利用するためのプログラム上の手続きを定めたAPI(アプリケーションプログラミングインターフェース)を公開することにより、SCIGRESSのプラットホーム上に大学や企業のプログラム開発者を呼び込みたい。そのような人たちは、自分でプログラムをつくっても、ぞれを普及させる手段、サポートや宣伝などを行う方法を知らない場合が多い。それを富士通が手助けできる。SCIGRESSの構想に乗ろうという人が増えてくれるとうれしい。ウィン−ウィンの関係を築いて、ともに発展することができると思う」

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 − 富士通は、今年から本格的に創薬支援のサービス事業をアピールしはじめました。その反響、成果はいかがですか。

 「富士通が長年蓄積してきたCCS技術が、創薬に直結するレベルにまで達しているところをみせたいと思った。受託解析・受託設計のサービスメニューも用意しているが、いまは実際の候補化合物をライセンスすることを目指して、まさに大詰めまできている」

 − 富士通独自に設計した化合物ということですか?

 「その通りだ。9月のバイオジャパンで3つの新規骨格構造を提示し、製薬会社のライセンス部門や企画調査部門の人たちにレビューした。十数社と話しをしたが、1つは全員が興味あり、もう1つは半数が興味を示してくれた」

 − もう少し具体的にお願いします。

 「最も有望なのが IgEレセプターの阻害剤だ。アレルギー・喘息の新薬になると期待される。この分野ではペプチド系の医薬はすでにあるが、低分子の候補化合物を世界で初めて富士通が設計した。また、もう1つの方はKSP(kinesin spindle protein)阻害剤で、乳がんなどに効果があると目される」

 「CCSを長年やってきた立場からすると、これらを設計するためのソフトウエアのすごさをアピールしたいところだが、(*ソフト技術に関しては以前の記事を参照)ライセンス部門の人たちはソフトには関心がなく、出てきた化合物が有望なのかどうか、その事実がすべて。それで、IgE阻害剤の方は実際に化合物を合成し、実験データをそろえているところだ」

 − どんなデータが必要になるのですか。

 「まずは、薬効ということだが、実際にどれくらいの薬物濃度でどれくらいの阻害ができるのかということ。次に、ターゲット以外のたん白質には結合しないことを確かめる必要がある。これらのデータを年末までにはそろえたいと思う。それが認められれば、最終的にはどこか1社だけにライセンスを与えることになる」

 − まさに、富士通のCCS技術の試金石になりますね。

 「これがうまくいけば、富士通のCCS技術は確かだということになり、受託サービスもうまく回りはじめると期待している」