2009年冬CCS特集:千葉大学大学院・山岸純也さんインタビュー

GPGPUで薬物親和性評価、未踏スーパークリエーター認定

 2009.12.03−情報処理推進機構(IPA)が実施している未踏IT人材発掘・育成事業で認定される“スーパークリエーター”のひとりとして、今年、千葉大学大学院薬学研究院薬品物理化学研究室・修士課程1年の山岸純也さんが選ばれた。採択テーマは「GPGPUを用いた薬物親和性評価プログラムの開発」。GPUで分子力学計算を行うことにより、CPUだけのときに比べて、計算性能を50倍に高めることができた。ひと昔前は、薬学の人はコンピューターが苦手だといわれたもの。その意味で、山岸さんはまさに新しい世代の研究者だといえる。今回の研究にいたる経緯やその意義、これからの目標などについて聞いた。

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◆◆GPU利用で計算速度数十倍に◆◆

 山岸さんが薬品物理化学研究室(根矢三郎教授、直接の指導教官は星野忠次准教授)に入ったのは学部の4年生のとき。もともと中学生のころからパソコンが好きで、自分でホームページを開設し、Perlなどの言語を使ってCGIを組み、掲示板を運用したりしていたという。その後、趣味の範囲でLinuxをさわるようになり、サーバー管理のアルバイトをしたこともあった。「健康食品やシャンプーなどにいろいろな効能が示されていますが、どの成分がどんなメカニズムで機能するのかを考えるとおもしろいと感じていました。そんなことが薬学に進むきっかけになったと思います」と話す。

 薬品物理化学研究室を選んだのは、自分のパソコンの知識を生かせると思ったから。実際、わずかな期間で実績を出し、スーパークリエイターにまで選ばれた。

 今回の研究について、山岸さんは「薬は体内でたん白質に結合して機能をあらわすのですが、どういう形でくっつくのか、どういう強さでくっつくのかが肝心で、それが薬効の強さと大きくかかわってきます。その際、分子力学計算でエネルギーを計算し、スコアリングして有望な化合物を絞り込むのですが、調べたい化合物の数は最低でも数万はあり、計算時間がかかりすぎるのが問題でした。実際、この研究室にも薬とたん白質のドッキング解析を行うソフトはあったのですが、やはり計算が遅かったんです。それで、GPUで高速化すればという発想になりました」と説明する。

 具体的には、「モンテカルロ法でいろいろなスナップショットをつくり、分子力学法の一点計算で安定エネルギーを求めます。精度はまだ低いのですが、1次スクリーニングには役立ちます。このあとに分子動力学計算などを組み合わせれば、さらに有望な候補を抽出できます」。GPGPU技術としてはエヌビディアの“CUDA”を採用しているが、まだ発展途上の“CUDA”を使いこなし、CPUとGPUの並列連携を巧みにプログラミングした功績が、このたび未踏スーパークリエーターに認定された最大の評価ポイントとなっている。(25歳未満の未踏ユースでの2008年度下期認定)

 実際のプログラム開発に当たっては、周囲に詳しい人が少ないこともあり、独学で進めることが多かったという。開発に並行して、薬剤師の国家試験にも合格するなど、かなりの努力を払ったことがわかる。

◆◆「昔断念したことがいまは可能」◆◆

 GPUコンピューティングの利点について、山岸さんは「ITの新技術を活用することによって、むしろ時代をさかのぼっているように感じる」と話す。「計算能力の制約から、いまはいろいろな近似を入れたり、一定の条件を無視したりするなど、計算を効率化するテクニックが発達してきました。ところが、GPGPUを利用することによって、逆に昔の真正面からのまっとうな計算が可能になると思っています。昔断念したことが、いまはできるんです」と強調する。

 「もちろん、5万円くらいのグラフィックカードで計算速度が数十倍になるんですから、コスト的なメリットも大きいです。クラスターなどの大規模な並列処理では、アプリケーションのライセンス費用も跳ね上がりますので、その意味でもGPGPUは安いです」とも。

 「現在のGPGPUはまだ制限が多く使いづらいのですが、次世代CUDAアーキテクチャーの“Fermi”が登場すれば、最適化の方法も変わってきますし、レジスター数の制限の問題の解消、倍精度演算のサポートなどもあって、科学技術計算の世界全体で、かなりはやりそうな気がします」と笑う。

 スーパークリエーターの認定証授与式は10月29日の「IPAフォーラム」席上で行われたが、「あらためて自分の仕事に責任感が出てきました。研究をさらに進めて、早く論文をまとめたいと思います。その前に今回のプログラムの精度をさらに上げて、研究室のホームページで公開する予定です。それをたくさんの人に評価してもらえたらうれしい。今後、スーパークリエーターの立場を生かして、人脈を広げていければいいと思っています」と抱負を語ってくれた。