2011年夏CCS特集:総論 市場動向

広がるプラットホーム志向、買収・提携が活発化

 2011.06.23−コンピューターケミストリーシステム(CCS)市場は、景気全体の重苦しさの影響もあって、2010年度はやや精彩を欠く動きとなったもよう。3月11日に発生した東日本大震災の直接の影響は軽微だったが、復興に向けられる投資動向を考慮すると、2011年度の先行きはかなり不透明だ。CCSはもともと化学や医薬など原子・分子を対象にした研究を支援するための計算ツールだが、ここへきて大手ベンダーは事業領域をさらに川下へ広げ、研究開発プロセス全体を包括するかたちで関連するさまざまなソフトウエア技術を集約させてきている。マルチベンダーのソフト同士の連携が一段と深まることになり、実際の導入効果も以前に比べてはっきりと大きくなってきているのが現状だといえるだろう。

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 CCSは、原子・分子、素材や材料を対象とした研究開発支援システムを広くカバーしており、大きく材料科学分野と生命科学分野を対象にした製品に分かれる。とくに製薬向けでは、主にリサーチ(研究)に役立つシステムと、デベロップメント(開発)のさまざまな段階を支援するシステムに分けることもできる。どちらかというと、研究分野はモデリングや解析を行うソフト、開発分野は情報管理を中心にした業務システム的な性格のものがメインになる。また最近では、研究から製造までの製品開発サイクル全体をカバーする情報基盤的なシステム、個々の研究業務プロセスにおいて必要となる情報を提供するデータベースサービスへの需要も高まっている。

 国内市場は外国の製品が圧倒的な市場シェアを握っており、国内では代理店がそれらの製品を複合的に扱って、幅広いソリューションを提供するケースが多い。力のある代理店の中には、独自に複数のベンダーのソフトを連携させて、ユーザーニーズに応えてきたところもある。

 ところが、ここへきて開発元自体がそうした統合ソリューション化への動きを強めている。他ベンダーの買収・合併、技術提携などを通して自社の製品のプラットホーム化を進め、研究から開発・製造まで R&D のサイクル全体を網羅しようとする取り組みが目立ってきた。シミックスを買収したアクセルリスや、ケンブリッジソフトを買収したパーキンエルマーなどは、そうした路線の代表格である。

 研究のツールであるCCSは、導入効果・投資効果を明確にすることが難しいソフトだといわれてきた。しかし、研究支援のプラットホームに組み込まれてしまえば、R&Dサイクル全体の中で研究期間短縮やコスト削減などへの寄与をある程度見積もることが可能になるといわれている。ユーザーにとっても、CCS利用を社内的に推進する意味で大きなメリットになる。

◆海外勢−日本法人設立ラッシュ

 もうひとつ、ここへきて顕著になっているのが海外ベンダーの日本法人設立の動きだ。スイスのジーンデータや米オープンアイが最近日本法人を設けているが、今年になって米シュレーディンガーが6月に法人設立、英IDビジネスソリューションズも設立準備が最終段階に入っている。米ケンブリッジソフトも法人化はしていなかったが(日本事務所という位置づけ)、米パーキンエルマーには日本法人があるため、今後大きな変化があるはずだ。さらにいくつかのベンダーが日本法人設立を計画中だとされ、来年にかけてはまさに設立ラッシュとなる可能性もある。長年、日本に子会社を持つベンダーが意外に少ないのがCCS業界の特徴だったが、それも過去のことになりそうだ。

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◆2010年度市場0.3%増

 CCSnewsの推定によると、主要CCSベンダー各社の売り上げの推移をもとにした2010年度国内市場規模は約340億円で、前年度に対し0.3%増と見込まれる。いわゆるリーマンショック後の自動車産業などの不振にともなう材料科学系市場の停滞傾向が続いていることに加え、医薬を中心とした生命科学系市場や、大学・官公庁市場も堅調の域を脱せず、全体としてあまり目立ったところのない1年に落ち着いたようだ。

 国内の主要ベンダーも売り上げ的には横ばいだったところが大半だが、利益面では伸びたところも多かった。これはベンダーによって事情が違うが、自社製品の販売が好調だったり、パッケージビジネスとは別に開発案件を受注できたりしたところが利益を改善できたようだ。

 停滞の原因として、ここ数年は計算理論や手法の目立った進歩がみられないことを指摘する意見もある。確かに、構造活性相関(QSAR)などの昔ながらの手法をあらためて見直す機運が高まるなど、新しいものへの関心がやや薄らいでいるかにも思われる。既存手法の行き詰まりでかつての技術が再評価されているのだとすれば、それにも意味があるとはいえ、CCSを支えるサイエンスの一段の発展を期待したいところだろう。

 むしろ、電子実験ノートブックや動物実験・臨床試験管理など、研究業務系のシステムへの投資が拡大する傾向にあるため、売り上げ増を求めてそちらへシフトするベンダーも増えている。

 海外大手ベンダーも、事業領域を研究から開発・製造へと川下に広げているため、そうした路線の成功とともに、市場全体は再び成長性を取り戻すと見込まれよう。

◆震災被害軽微も電力不足の影響大

 さて、東日本大震災は東北地方を中心に沿岸に展開している工場群に著しい被害を及ぼしたが、CCSの主要顧客である化学・製薬、自動車・電気などの研究所はあまり立地していなかったようで、直接の被害はそれほど大きくなかった。ただ、震災後の電力不足、計画停電などの影響は深刻で、コンピューターが稼働できないユーザーも多かったという。現代においては、コンピューターの停止は研究の停止を意味するわけで、夏場の電力不足に向けては難しい局面が生じることも予想されている。

 また、大学ではCCSを大規模に利用している東北大学の被害が甚大だった。コンピューターを含めて多くの被害が出た。ソフトはインストールしなおせば済むが、ハードが稼働できなくなっている状態では、ソフトの存在価値はない。

 被災地の大学・教育機関の復興に向けて、被災地以外の大学などの研究予算が厳しくなるのではという懸念もある。

 こうしたことが今年のCCSの投資動向にどう影響するかは、いまのところきわめて不透明だ。しかしながら、日本が震災を乗り越えて復興していく中で、科学技術立国であり続けることは疑問の余地のない大命題である。とりわけ、材料技術は日本が世界をリードする領域であるはず。その意味では、国内におけるCCSの開発・利用技術の重要性を、今一度再確認するべきだろう。


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