東大などが薬物とたん白質との相互作用解析で新手法

フラグメント展開を4体まで拡張した新FMO法、地球シミュレータで実証計算

 2012.03.27−東京大学生産技術研究所は26日、2012年度を最終年度として進行中の文部科学省プロジェクト「イノベーション基盤シミュレーションソフトウェアの研究開発」(RISS)の研究成果として、立教大学理学部の望月祐志教授とみずほ情報総研の福澤薫チーフコンサルタントらの研究グループが、医薬候補化合物と標的たん白質との相互作用解析を高分解能で行う新手法を開発したと発表した。海洋研究開発機構の“地球シミュレータ”を用いて実際に計算し、実用性も確かめた。今回の手法は、薬物分子のどの官能基がたん白質側の主鎖または側鎖のどの部分と強く相互作用するかを定量的に調べることができるため、医薬分子設計のための指針が一段と高いレベルで得られる。開発したソフトは、2012年度下期に公開される。

 今回の成果は、RISSで活動している7グループのうち、「バイオ分子相互作用シミュレータの研究開発」チームが実施したもの。フラグメント分子軌道法(FMO)プログラム「ABINIT-MP」をベースに、薬物分子とたん白質との相互作用解析に焦点を当てた研究開発を進めてきている。

 FMOは、大きな系をフラグメント(断片)に分割することにより、実用的な時間で大規模な分子軌道計算を実施できるようにした手法。たん白質全体や、薬物分子と結合した複合体構造全体の電子状態を定量的に知ることができるとともに、フラグメント分割の特徴を生かして、薬物分子がどのアミノ酸残基と強く相互作用するかを予測できる手法として注目されている。ただ、これまではフラグメント展開をダイマー(2体)単位で行う“FMO2”、トリマー(3体)の“FMO3”までしか実用化されておらず、計算値の化学的精度は不十分だったという。

 今回の研究では、フラグメント展開をテトラマー(4体)まで拡張する“FMO4”を開発。疎水性グループ間に働く引力的な相互作用である分散力を考慮できる2次摂動理論に対応した“MP2”(Second-order Moeller-Plesset Perturbation theory)を実装した“FMO4-MP2”計算に世界で初めて成功した。

 “FMO2”では薬物分子全体を1つのフラグメント、たん白質側はアミノ酸残基(主鎖単位)でフラグメントに分割し、それぞれの相互作用を調べることができたが、“FMO4”では薬物分子を官能基ごとに複数のフラグメントに分割し、たん白質側のアミノ酸は主鎖と側鎖に分離して、その相互作用を考察することが可能。いわば、解析の空間解像度が大幅に上がったことになる。それにともない、計算量は“FMO2”から“FMO4”で10倍に跳ね上がるため、プログラムを地球シミュレータ向けにチューニングし、実証計算を行った。

 インフルエンザウイルスの膜表面たんぱく質であるノイラミニダーゼ(386残基)と阻害剤タミフルとの解析例では、タミフル分子を正イオン基、負イオン基、親水基と疎水基の4つのフラグメントに分割し、それぞれの官能基がどのアミノ酸とどのように相互作用しているのかを確かめることができた(写真参照)。それらの相互作用の強さを調節することにより、より活性の高い分子設計を行うことが可能になる。また、アミノ酸の側鎖部分との相互作用を考察することによって、ウイルスのアミノ酸残基が変異することで起こる薬剤耐性や新型ウイルスへの対策にも役立つ可能性があるという。

 計算速度については、HIV-1プロテアーゼ(198残基)とロピナビルの複合体構造(全3,225原子)のFMO4-MP2計算で、地球シミュレータの128ノードでの計算時間が1.4時間となった。同じ計算が、16ノード(192コア)のPCクラスターでは25.7時間、4ノード(48コア)のマシンでは168.3時間かかった。これに対し、コレスキー分解による2電子積分の高速近似計算法であるCDAM法を採用すると、ほぼ同じ精度で計算時間をそれぞれ17.9時間(30%削減)と75.9時間(55%削減)に短縮することができた。さらに、計算範囲をファーマコフォア近傍の50残基程度に絞れば、小規模のPCクラスターでも1日以内でFMO4-MP2計算が終了する。このため、一般の企業でも実際の研究に利用することが可能だとしている。

 研究グループでは今後、今回のプログラム(FMO4対応ABINIT-MP)をスーパーコンピューター「京」に移植し、さらなる大規模計算に取り組む予定。2012年度に「京」実機と、東京大学が導入する同等機FX-10でテストを行う。プログラム本体も、3次摂動論の導入や、MP2以外の部分の高速化など、さらに改良を進める。また、RISSでは開発成果のプログラムを順次公開しており、FMO4対応ABINIT-MPも2012年度下期中には、専用GUIソフトに統合した形で正式公開される。

 なお、今回の発表は、東京大学生産技術研究所、立教大学、みずほ情報総研、国立医薬品食品衛生研究所(FMO法の開発)、神戸大学(FMO法の応用解析・並列化)、海洋研究開発機能(地球シミュレータの運用)、NEC(地球シミュレータの開発)−の7機関の共同発表となっている。慶応大学日吉キャンパスで開催されている日本化学会第92回年会において、27日に学会発表も行われる。

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<関連リンク>:

文科省プロジェクト「イノベーション基盤シミュレーションソフトウェアの研究開発」(RISSのトップページ)
http://www.ciss.iis.u-tokyo.ac.jp/riss/

RISS(バイオ分子相互作用シミュレータの研究開発の紹介ページ)
http://www.ciss.iis.u-tokyo.ac.jp/riss/project/molecule/

RISS(研究成果プログラムダウンロードページ)
http://www.ciss.iis.u-tokyo.ac.jp/riss/dl/

東京大学・革新的シミュレーション研究センター(トップページ)
http://www.ciss.iis.u-tokyo.ac.jp/index.php

海洋研究開発機構(地球シミュレータのサイト)
http://www.ciss.iis.u-tokyo.ac.jp/index.php

立教大学(望月祐志教授のホームページ)
http://www2.rikkyo.ac.jp/~fullmoon/top.html


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