2012年夏CCS特集:総論 2011年度の市場動向

適用領域を拡大し広がるユーザー層、ELN市場が活況

 2012.06.27−コンピューターケミストリーシステム(CCS)市場は、新薬開発を中心とする生命科学分野を中心に堅調な動きをみせている。トランスレーショナルリサーチなど、研究と臨床を橋渡しする考え方が広がっていることを背景に、医療に近い領域にまでシステムの適用が拡大しており、CCSベンダーも事業範囲を広げようとする傾向が目立つ。一方の材料科学分野は自動車材料や半導体・電子材料がターゲットとなるため、ここ数年はリーマンショックや震災被害などに起因する景気後退の影響を色濃く受けたが、投資の動きはいまだ厳しいものの、CCSの利活用は着実に進展してきている。ユーザーのすそ野の広がりも顕著で、初心者向けの講習会が人気を博している。メーカー側も、使いやすさ・わかりやすさを重視したシステムづくりを行うようになったことが最近の目立った傾向といえる。

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◆◆◆2011年度国内市場325億円/3.1%増◆◆◆

 CCSは、医薬や機能材料を対象とした研究開発プロセスを総合的に支援するさまざまなシステムを包含している。大規模・精密化する分子シミュレーション/モデリングシステム、情報共有を促進するケムインフォマティクス/電子実験ノートブック(ELN)、臨床への応用で変革するバイオインフォマティクス、情報量が拡大し機能も豊富になるデータベースサービス−などが含まれているが、とくに医薬品開発プロセスにおいては創薬研究だけでなく、プロセス・製剤・品質評価研究の段階を対象にしたシステムの需要も伸びている。

 CCSnews調べによる2011年度の国内市場規模は325億円で、前年度に対し3.1%増と推定される。これは、主要CCSベンダー各社の売り上げの推移をもとにしたもの。ベンダーによって若干の変動はあるが、全体的には堅調に推移した。ただ、海外ベンダーの対日売り上げについては、円高水準が続いているため、本国ほどの伸びを反映していない場合がある。

 昨年もっとも活況だったのがELN市場で、それは今年もさらに続くと見込まれる。欧米でも十数社がひしめく激戦区だが、国内では大手の3〜4社がしのぎを削っている状態である。このため、価格競争も激しくなっているのが実態で、需要の活発さに比べて市場(金額)の伸びは相対的に小さい。

 ELNは当初は製薬企業の化学合成部門で普及したが、そちらはほぼ飽和しつつあり、今後は生物部門やプロセス、品質評価部門への拡大がターゲットになりつつある。それにともない、実験ノートが紙か電子かという議論はあまりなされなくなり、完全電子化もいまや当たり前となりつつある。

 また、ELNを実験情報の統合と共有化を実現するプラットホームととらえることで、非製薬市場での普及も期待されている。合成実験を行う化学産業のほか、欧米では食品・化粧品産業もELNに注目しているということだ。

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◆◆◆“計算化学”利用者拡大、研究の指針を提示◆◆◆

 CCSの基本的なサイエンスに計算化学がある。ひと昔前は大学の専門的な研究者か大企業の一部の研究員くらいしか関心を示さない分野だったが、近年そのすそ野が急速に広がってきた。コンピューターの計算能力が数千倍、数万倍に高まり、ソフトの機能も向上したことで、現実の問題を計算で扱えるようになってきたからだ。

 かつては計算で扱う原子・分子の世界と、実際の材料特性などが発現する現実の世界との間には大きな溝があるといわれた。計算した結果を現実の現象に結びつけることが難しい場合が多かったのである。問題のスケールが違いすぎることが原因だったわけだが、CCSで大規模な系が扱えるようになり、計算で現象を説明することが実際に可能になってきた。さらに最近では、そうした現象の理解を踏まえて、新たな設計・開発の道筋、新しい研究への指針を示すことがCCSの重要な役割として認識されてきている。

 また、ナノテクノロジーの発展も大きな要素だ。ナノスケールで発現する材料の機能を生かすことが命題となるため、量子論的な効果を考慮する必要が生じる。まさに量子化学計算ソフトの出番となる。

 日本の製造業の国際競争力の弱体化が危惧されているなか、国内の研究開発は最先端領域に進まざるを得ず、そのためにはCCSの活用が欠かせない要件になる。スーパーコンピューター「京」をはじめとする国内のスパコンネットワークを活用したグランドチャレンジにおいて、CCS関連の課題が多く採択されている事実も、それらを裏付けているといえる。

 実際、初めて計算化学を導入しようという企業が増えている。計算化学を始めるためには専門の研究者を揃える必要があるが、そうした教育の機会を提供する場として大学への期待が高まっている。また、各ベンダーが開催する初心者向け講習会が毎回満員御礼というケースも少なくない。すでに計算化学部門を設けた企業も、さらに研究員を増員したいという声が強いため、今後CCS教育が大きなビジネスになる可能性もあるだろう。

 同時に、計算化学の専門家でなくても、簡単に計算を行い、結果を正しく解析できるように、CCSを操作性の面から改善しようという動きも目立ってきた。専門家向けなら、ソフトは英語で、コマンドライン操作だけでも良かったが、最近になってGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)の活用が一段と広がってきた。

 CCSはさらに使いやすくなり、これからも最先端の研究領域を切り開いていくだろう。


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