CCS特集2013年冬:総論 業界動向

ニーズ対応へベンダー複合化、海外勢M&Aで成長

 2013.12.05−コンピューターケミストリーシステム(CCS)は、医薬や機能材料などの化学物質を扱う研究開発を支援するためのIT(情報技術)ソリューションで、原子・分子レベルでのシミュレーションから、化合物情報や文献・特許などの書誌情報のデータベース、研究データの共有化とコラボレーションを推進する電子実験ノートブック(ELN)など、さまざまなシステムで構成される。具体的な製品やサービスは海外のものが強く、国内の主要ベンダーはそれら海外製品を幅広く扱っているところが多い。海外ベンダーは買収と合併で複合化・巨大化する傾向が鮮明になる一方、国内ベンダーは海外製品を扱う大手と自社製品を中心にする比較的小規模なベンダーに二極化してきている。海外では、今後の中長期的な市場成長率は3〜5%と予想されており、国内市場もほぼ同様の水準で伸びていくとみられる。

                 ◇       ◇       ◇

◆◆海外:今年度3〜5%ペース、創薬から臨床まで通貫◆◆

 海外ベンダーは買収戦略で事業を発展させているところが多い。大手の米アクセルリスと米パーキンエルマーもその方向で、とくにCCSの全領域を網羅する唯一のベンダーであるアクセルリスは、昨年の米イージスアナリティクスに続いて今年も米ChemSWを買収するなど、活発な動きをみせている。

 アクセルリスは、もともとは分子モデリング/シミュレーション分野のベンダーが集まって発展したが、2010年に米シミックスと合併したことで製品ラインを情報化学分野に広げ、その後のM&Aを通して医薬品開発プロセスを下流域まで網羅する製品ポートフォリオを充実させてきている。今年に買収したChemSWは化学物質の安全管理とコンプライアンス(法令順守)のためのソリューションをクラウドとオンプレミスの両方で提供しているベンダーである。

 分析器・バイオ機器の大手であるパーキンエルマーは、2011年までに米ケンブリッジソフト、ラボトロニクス、アルタスラボ、ラボワークスの4社を買収し、インフォマティクス事業部門を設立してソフトウエア事業に本格的に乗り出した。製品群は、製薬企業の研究所における情報基盤を統合する方向で整備されてきており、昨年秋には米ティブコのデータ解析ソリューション「Spotfire」の研究用途向け世界独占販売権を取得した。実験・分析データを収集し、情報管理とデータ共有をELNで行い、大量のデータから有用な知識をマイニングして、創薬分子設計に利用するといった一連の研究シナリオを網羅できるようになっている。

 パーキンエルマーの戦略の方向性はアクセルリスに近いが、製品のポジションを比べると、分析器との連携の部分はパーキンエルマーが強く、分子モデリング分野はアクセルリスの方が充実しているといえるだろう。

 アクセルリスとパーキンエルマーは株式公開企業であるため、今年の第3四半期までの業績が発表されている。それによると、アクセルリスの9月までの9カ月間の売り上げは、1億2,205万ドルで前年同期比3.1%増。パーキンエルマーの売り上げは同様に15億7,295万ドルで、伸び率は同2%増となっている。同社のインフォマティクス事業の比率は約3割だとされているため、単純に同事業の売り上げ規模は4億7,000万ドル程度とみられる。

 また、薬物動態の予測を中心にした創薬支援ソフトを開発している米シミュレーションズプラスも公開企業だが、2013年度(8月期)の売り上げは1,007万ドルで、前年度比6.6%の伸びとなっている。今年の欧米のCCS市場は、まずまず順調に伸びているといえそうだ。

 非公開企業の中では、米シュレーディンガーの成長が注目されている。創薬支援のためのモデリング/シミュレーションソフトを開発するベンダーだが、この1年間で社員が40人増えており、グーグルやマイクロソフトなどの大手から転職する人が多いという。とくに、ビル・ゲイツ氏が投資している唯一のCCSベンダーとしても注目を浴びる存在で、自前での製品開発にこだわる姿勢もユニークだ。今年からは、材料開発向けのモデリング市場にも進出しており、今後の戦略が注視されるところである。

 また、分子モデリングの古参企業である米トライポスは、2006年に経営が行き詰まってベンチャーキャピタルに身売りしたあと、現在ではトライポスとファーサイト、シムシップが統合した新企業「サターラ」(CERTARA)の事業部門として活動している。ファーサイトは薬物動態解析の統合プラットホーム、シムシップは仮想集団における薬物動態を予測するモデリング技術をコンソーシアムベースで提供する企業で、3つを合わせて創薬から臨床開発までのトランスレーショナルリサーチを支援することをターゲットにしている。

 国内での事業体制としては、ワールドフュージョンが2007年からトライポス製品の代理店として活動しているほか、ファーサイトの子会社であったベルキーサイエンシズの体制を引き継いだサターラ合同会社が2012年に設立され、ファーサイト製品とシムシップ製品の販売を行っている。

 さらに、今年の第3四半期にオランダの診断薬大手キアゲン(QIAGEN)が、次世代シーケンサー(NGS)向け解析ソフトの有力ベンダーであるデンマークのCLCバイオを買収し、ライフサイエンス事業に本格進出したことを発表している。キアゲン自身もNGSメーカーであり、今後は包括的なソリューションを強みに、ワールドワイドで攻勢をかけるとみられる。

 相手のCLCバイオだが、昨年9月に同じデンマークのモレグロを買収し、遺伝子・たん白質の研究を創薬へ結びつける一貫ソリューションの開発を進めてきていた。モレグロは、たん白質の活性ポケットに対する薬物分子の結合性を評価するドッキング解析ソフトを開発していた企業。来年2月上旬に合併後初の新製品として、「CLCドラッグディスカバリーワークベンチ」を発売する計画である。

 これは、ターゲットたん白質の配列解析とドッキングシミュレーションを統合した機能を持ち、実験研究者が計算化学の専門家の助けなしで自ら利用できるシステムとして開発されているもの。国内では、かねてモレグロの代理店を務めているノーザンサイエンスコンサルティング(NSC)が引き続き販売・サポートを行っていく。

                 ◇       ◇       ◇

◆◆国内:国内勢は二極化の方向、注目浴びる大学発ソフト◆◆

 一方、国内市場では、海外の主要製品を擁してCCSの広範なニーズをカバーする歴史あるベンダーが、その強力な製品群と長年のノウハウで市場支配力を強める一方、独自の技術を武器にしたベンチャーも育ってきている。

 前者の代表格が菱化システム、CTCラボラトリーシステムズ(CTCLS)、インフォコム、富士通/富士通九州システムズなど。菱化システムは三菱ケミカルホールディングスグループの情報事業会社、CTCLSは業界トップクラスの情報サービス企業である伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)の連結子会社、インフォコムは帝人と日商岩井の情報事業を母体にしているなど、各社ともCCS事業は全体の一部にすぎないがバックが大きく、システムインテグレーターとしての開発力・総合力を備えていることが共通する特徴。このため、海外製品を単に輸入販売するだけでなく、海外製品を核にした開発をともなうシステム化にも対応できることが強みになっている。自社製品を開発する力もある。

 このうち、CTCLSとインフォコムはライフサイエンス市場に特化している。とくに、CTCLSはアクセルリスの有力代理店であり、モデリング/シミュレーションを手がけないことを除外すると、事業戦略もアクセルリスのそれと基本的に一致している。

 それに対し、菱化システムと富士通はライフサイエンスとマテリアルサイエンスの両分野をカバー。マテリアル分野は個別のシミュレーションソフトの販売がメインになるため、ライフ分野のシステム化のような大きな案件にはならないが、電子材料開発や自動車材料開発に牽引されて、国内市場は順調に伸びている。とくに菱化システムはマテリアル系の品揃えは国内トップといえる。

 ヒューリンクスやアフィニティサイエンスは輸入販売ベンダーの中堅どころとなる。小規模だがユニークな海外製品を発掘してくることで、国内市場では特異なポジションを占めている。

 一方、独自技術の国産ソフトを擁するベンダーの代表がコンフレックスだろう。すでに設立から14年を経ているが、独自の配座探索ソフトと連携できる海外製品も取り扱うことで事業を安定化させてきた。

 コンフレックスももともとは豊橋技術科学大学で開発されたソフトがベースだが、同様に大学のCCS技術をベースに、TSテクノロジー(山口大学)、京都コンステラ・テクノロジーズ(京都大学)、バイオコム・システムズ(九州工業大学)などが大学発ベンチャーとして登場している。

 また、特定の製品・技術にこだわりを持って既存のCCSベンダーから分離したりスピンアウトしたりしたベンダーとして、アスムス、KMデータなどが最近誕生した。10年近い歴史があるノーザンサイエンスコンサルティングやマトリックスサイエンス、パトコアなども同様の系譜を持つベンダーだといえる。

 輸入販売に徹したベンダーのように製品ラインを増やすことをしないため、急速な成長は難しいという側面があるが、技術・製品をじっくり育てる着実な路線をとることが成功の道になっているようだ。

 海外の例をみても、やはりソフトは製品として商用化されたものでないと、多くのユーザーを獲得することは難しい。とくにこれからのCCS開発は、一部の専門家やマニア向けではなく、一般利用者/ベンチケミスト向けが主流になるとみられるため、商用版としてのサポートが重要だ。大学などで開発されたソフトをもとに、多くのベンチャーが花開くことを期待したい。


ニュースファイルのトップに戻る