SPring-8/SACLA訪問レポート

国家の科学技術を支える先端大規模施設、産業界との共用推進

 2014.03.01−CCSnewsは先月、兵庫県の播磨科学公園都市に置かれる大型放射光施設「SPring-8」とX線自由電子レーザー施設「SACLA」を訪問する機会を得た。これらは、日本に4つしかない“特定先端大型研究施設”のうちの2つ。X線を当てて微細な世界を観察するための一種の顕微鏡であり、大まかに言って、前者はナノスケールの静止像、後者はピコスケールのダイナミックな瞬間をとらえることができる。分析と計算が研究の両輪であるとするならば、CCSにも関係の深い施設であり、そこで取り組まれている研究テーマはHPCを活用したCCSの先端領域と共通しているものが多い。SPring-8/SACLAは、日本の科学技術を支える研究基盤施設として、民間との共用を促進する法律のもとに運営されており、産業界での利用が20%を占めるなど、外国の同等の施設と比べても民間の利用率が高いことが特徴である。ただ、年間利用者の半数は外国人であり、施設側には国内の研究者による利用をさらに促進したいとの意向がある。

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 強い光が当たればものははっきり見えるし、細かなものをみるためには波長の短い光を用いる必要がある。SPring-8は医療用レントゲンの1兆倍の強さのX線を、電子の軌道を曲げた時に発生する放射光(シンクロトロン放射)を蓄積したかたちで生み出し、それを総数62本のビームライン(実験室)に導いて、さまざま分析に利用する。そのビームは2.4ナノメートルにまで絞り込むことが可能だ。

 ビームラインは、周長1.5キロメートルの蓄積リング棟に沿って設けられており、回折・散乱(原子・分子の配列)、透過X線(ものの形)、XAFS(物質の化学状態)、蛍光X線(元素の配置)、光電子分光(エネルギー状態)などの用途に合わせてさまざまな特性を持たせている。年間に約2,000件の実験が行われ、のべ1万5,000人の研究者が利用するが、1997年の運用開始以来、15年以上の歴史があるため、すでに多くの研究成果が世に出ている。

 一例として、胎児が出産直後に呼吸を開始するメカニズムを解明した研究(豪モナッシュ大学)がある。SPring-8では肺胞までを鮮明にみることができるため、ウサギの赤ちゃんが生まれる際の肺の変化を観察することができた。胎内では肺は水に満たされているが、誕生時の呼吸によって肺に入った空気が水を押し込み、そのまま体組織に吸収されて水がなくなることを確かめた。定説を覆す発見として2009年に学術発表がなされている。

 また、2011年のサイエンス誌の「十大成果」に選ばれた岡山大学の研究で、光合成を担うたん白質の活性中心の構造を解明した成果がある。植物や藻類の行う光合成の触媒となるのは“光化学系II”と呼ばれる複合体で、20種類のたん白質で構成され、分子量で35万にも及ぶ巨大な生体分子である。水に溶けない膜たんぱく質の集まりであるため、純度の高い精製が非常に難しく、その構造や機能はまだ十分に解明されていなかったという。岡山大学の研究グループは、その良質な結晶化に成功し、SPring-8によるX線結晶構造解析で、光エネルギーによる水分解反応の活性中心として働く触媒部分の分子構造を明らかにした。これにより、水分解反応の詳しい機構を解明する重要な手がかりが得られ、人工光合成の実現に道をつける成果として注目されている。

 そのほか、高機能液晶ディスプレイとして伸びている「IGZO」や、低燃費タイヤ「エナセーブ」の開発にも貢献したほか、食品や化粧品をはじめとする身近な製品にもSPring-8を利用して開発されたものが少なくないということだ。

 SPring-8の第三世代放射光施設としての80億電子ボルト(8GeV)という性能は現在も世界トップクラスだが、欧州のESRF、米国のAPSをはじめとして、中国や韓国も含めて世界中に同等の施設が建設されるようになり、日本の優位性が薄れてきていたのも事実。そこで登場したのがSACLAであり、これは世界に2つしかない施設となっている。SPring-8に比べて、X線の輝度は10億倍、パルス幅は1,000分の1、コヒーレンス度は1,000倍に達する。原子や分子の瞬間的(フェムト秒、ピコ秒の単位)な動きを観察する強度と精度を備えている。

 SACLAは、波長0.06ナノメートルのX線レーザーを700メートルの加速器を通して発振する。これは、米国SLACの0.15ナノメートル/2.1キロメートル、ドイツに建設中の欧州DESYの0.085ナノメートル/3.3キロメートルと比べても優位性がある。とくに、SACLAの実現に要した技術は99%が国産であり、まさに日本の技術力の粋を集めた施設なのだという。

 現在、SACLAのビームラインは2本が使用中で、将来的には5本まで拡張される。今年の夏には、SACLAとSPring-8が接続され、SACLAのX線をSPring-8のビームラインで利用できるようになる。とくにSACLAは2011年に運用が始まったばかりで、使いこなすにはまだまだ時間が必要だという。「X線自由電子レーザー(XFEL)は教科書がない世界であり、若い研究者の柔軟な発想が欠かせない。とりわけ若手のチャレンジを歓迎したい」と放射光科学総合研究センターの高田昌樹副センター長。そのため、最近になってゆるキャラ風の着ぐるみを登場させたり、SACLAを擬人化した美少女キャラのアニメを制作したり、「若い人に注目してもらおうと、いろいろ工夫を凝らしている」(笑)という。

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<関連リンク>:

理化学研究所(SPring-8のトップページ)
http://www.spring8.or.jp/ja/

理化学研究所(SACLAのトップページ)
http://xfel.riken.jp/

SACLAがわかるスペシャルサイト(トップページ)
http://xfel.riken.jp/pr/sacla/index.html


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