2015年冬CCS特集:第2部総論(製品動向)

電子実験ノートブック、多様化するニーズに合わせ豊富な選択肢

 2015.12.03−コンピューターケミストリーシステム(CCS)市場において、近年急成長しているのが電子実験ノート(ELN)である。製薬企業で使われている合成実験ノートを紙から電子に置き換えるものだが、新薬の研究から開発までの幅広い実験データを蓄積し、知識やノウハウの共有基盤ともなることから、化学合成系から生物、プロセス化学、製剤、品質・分析系へと適用領域を大きく広げてきている。一方で、物質・材料を扱う製薬以外の産業においてもELNへの関心が高まりつつある。このため、CCSベンダー各社は多様なニーズに合わせてさまざまなスタイルのELN製品を展開し、豊富な選択肢を提供してきている。

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法規制リスク管理で注目/中間生成物も自動チェック

 実験ノートは、特許について先発明主義をとっていた米国(現在は日本などと同じ先願主義に変わっている)において、製薬分野で特許紛争が頻発した際に、その発明や発見がいつ誰によってなされたかを証明する証拠になるとして発展してきたもの。そうした裁定をスムーズに行うため、実験ノートの記載方法も次第にルール化されるようになり、のちにその米国式ルールが日本などにも広がった。

 このように、米国では知的財産(IP)の観点で、実験ノートを電子化したELNが普及したが、日本市場ではコンプライアンスが導入への原動力になっている。これは、日本製薬団体連合会から2008年10月に出された「日薬連発第701号」がきっかけになったとされる。その内容は、麻薬などの物質の管理に関する調査を各企業に依頼するもので、規制当局からの指摘に基づく要請であると記されている。麻薬及び向精神薬取締法、覚せい剤取締法、大麻取締法、あへん法のいわゆる麻薬4法で規制される化学物質を認識なく使用・管理していないかどうかが問われたもので、その範囲は製品、原薬、試薬はもとより、合成過程で生成された中間物にまで及んでいる。

 法令知識の不足やコンプライアンス意識の欠如がリスク発生につながることは明らか。そこで、実施しようとしている合成実験の反応式をノートに記述した段階で法規制チェックが働き、反応物・中間体・生成物に該当する物質があるかを判定できれば、コンプライアンス上のリスク管理を徹底・強化することが可能。そのためにはELNを利用することが有効だというわけだ。

 法規制チェックシステムとしては、パトコアの「CRAISチェッカー」とCTCライフサイエンスの「RegSys」が2大製品。いまは麻薬4法だけでなく、国内の多くの法規に対応(一部海外の規制も)しているが、規制対象が広がることが多いため、人手でのチェックはほぼ無理で、システムの力を借りなければならないのが実態だという。製薬業で稼働中のELNのほとんどには、このどちらかのチェックシステムが組み込まれている。

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生物系への展開が進展/非製薬向けノートの登場も

 現在、国内のELN市場ではパーキンエルマーの「E-Notebook」と、バイオビアの「BIOVIA Workbook」(旧BIOVIA Electronic Lab Notebook)の2つで約8割のシェアを占めるとみられている。これらに続くのが、IDBSの「E-WorkBook」、ドットマティックスの「STUDIES NOTEBOOK」など。これらはオンプレミスでもクラウド環境でも稼働させることが可能。

 さらに、クラウドが基本になるELNとして、バイオビアの「BIOVIA Notebook」、アークスパンの「ArxLab Notebook」、パーキンエルマーの「Elements」、CDDの「CDD VAULT」、菱化システムの「CLISS」などがある。

 製薬業向けのELNはバリデーション対応など特有の要件を満たしているため、非製薬ユーザーにとってはオーバースペックで高価すぎるケースがほとんど。昨年のSTAP細胞をめぐる一連の研究不正疑惑を契機にELNへの注目が各方面で高まったものの、実際にはなかなか普及しなかった理由もこれが大きかったと思われる。今後は、非製薬など対象を絞ったELN製品の棲み分けが進むとも考えられる。

 一方、ELNの適用領域の広がりとしては、生物系の研究部門への展開が注目される。実際には生物系試験にもいろいろな種類があり、化学合成向けのようにノートの記載事項がきちんと定義されていない場合が多い。とくに、初期のアッセイ開発やHTSなどのスクリーニング実験、リード探索段階の非申請試験では、細かなルールは属人的になっているという。候補物質をかなり絞り込む段階になると、QCを含めたフローが定まってくるため、テンプレートのしっかりとしたノートが必要になってくる。このように、生物系試験では上流と下流で要件が異なることに注意しなければならない。

 また、化合物管理や試薬管理などのデータベースシステムとの連携も重要である。実験に使用したサンプルを引き当てたり、合成した新しい化合物を登録したりする処理をELNから連携して行うことによって、業務効率が何倍にも高まるからだ。ここでは、本特集の第1部でふれた“ポストISIS”の動きが関係してくる。マスターデータベースとELNが共通のテクノロジーで構成されることが望ましいことはもちろんだが、異なっていても連携は可能なので各ベンダーの提案内容をよく精査する必要があるだろう。

 とくに、生物系試験で、プロジェクト(合成・薬理・動態・毒性の一連の流れ)ごとの情報(とりわけ試行錯誤の部分)はマスター登録されず、ISISローカルDBで管理されているケースが多いとみられる。この置き換えに関しては、バイオビアはドキュメント指向型のMongoDBを利用して、ISISローカルDBと同様に非オラクルでの運用を提案、ドットマティックスはオラクル上にプロジェクト単位のテーブルを設けて同様の使い勝手を再現、アークスパンは全体を丸ごとクラウドへの移行で対応するなど、これも各社の提案内容には違いがある。

 いずれにしても、ELNが今後のCCS市場の重要な位置を占めることに変わりはないだろう。


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