CCS特集2016冬:バイオインフォマティクス

プレシジョン医療の発展に貢献、遺伝子ベースに薬剤・治療法

 2016.10.07−バイオインフォマティクスは、医療・臨床研究との関わりでその役割を大きく変えつつある。患者の遺伝子を調べることで、その患者に適合した薬剤や治療法を選択することが可能で、米国では“プレシジョンメディシン”(精密医療)と呼ばれている。既存の治療法の中から最適なものを選ぶだけでなく、将来的には個別化された治療法を開発し実施することにつながるとも期待されている。とくに、遺伝子といった生来のデータだけでなく、生活習慣などの健康関連データも加えると、解析すべきデータ量やデータ種別は、大量/複雑化の極致となるだろう。このことを考えると、インフォマティクス技術への要求は今後もますます拡大するはずだ。

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 プレシジョン医療の基礎は、高速な遺伝子解析技術だ。かつてのヒトゲノムプロジェクトで、ひとりの遺伝子を読み取るために13年の年月と30億ドルの費用がかかったが、現在では個人のゲノム解読は約1,000ドルで、しかも多くの場合1日で完了する。

 これは、次世代シーケンサー(NGS)といった機器の進歩によって可能になった事柄である。ただ、機器の技術はさらに前進しており、現在ではNGSの欠点を改良した次々世代シーケンサー(第3世代以降のシーケンサーと位置づけられている)も登場してきている。NGSは短く切断した遺伝子を増幅するという仕組みから、GC(塩基の中のグアニンとシトシン)含量の高い領域、繰り返し配列や相同配列の読み取りが苦手だが、次々世代シーケンサーは1分子リアルタイムシーケンシングによりNGSの欠点を解消。平均で2万塩基、最大6万塩基の読取長を得ることができる。こうした機器の進歩によって多くのデータが生み出されることになる。

 さて、プレシジョン医療では病気に対する治療や創薬の考え方も大きく変わる。現在のがん治療でも、遺伝子で患者を層別化し、特定の患者グループに効果が認められた治療薬だけを投与するなどのアプローチが取られつつある。しかし、プレシジョン医療はさらに精密だ。特定の患者の遺伝子にどんな異常が出ているかを調べ、オミクス解析、遺伝子解析、症状解析などで病気に関連したバイオマーカーを見つけ出す。次いで、非臨床で患者細胞を使った治療法の検討を進める。iPS細胞や遺伝子改変動物、ヒト化動物などを用いて病気を再現することで具体的なターゲットを定め、創薬に入るというわけだ。

 その病気がなぜ、どのように発症し、またなぜ人によって治療効果が異なるのかなどを正確に理解した上で、それに合わせた薬物を開発したり、治療法を選択したりするわけで、それはまさに“精密な医療”と呼ぶべきものだろう。オバマ大統領はプレシジョン医療のための2016年度予算に2億1,500万ドルを計上した。また、中国政府はこの分野の研究に2030年までに30億9,000万ドルを投じる計画であるとも伝えられている。

 これを実現するためには、クオリティの高いデータをより多く集めることがポイントになる。何十万人、何百万人規模の人たちの遺伝子型データと表現型データを収集し、患者と健常者とでそれらのデータを比較する必要がある。ただ、何の問題もない健常者の遺伝子にも病気のリスクとなる変異が刻まれている場合が多い(いつ発現するか、生涯発現しないか、だれにもわからない)ため、単純にデータを集めて解析しても疑陽性が増えるだけだという指摘もある。今後の研究や技術開発の進展に期待がかかるところだ。


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