量子コンピューター研究開発の現状と展望

東工大・西森教授が解説、応用候補筆頭は量子化学計算

 2017.12.15−東京工業大学は12日、プレス向けセミナーを開催。理学院物理学系の西森秀稔教授が「量子コンピューター研究開発の現状と展望」と題して講演したあと、記者らの質問に答えた。量子コンピューターは、特定の種類の問題を解くことが得意なマシンで、現在のコンピューターを置き換える存在ではないこと、また量子コンピューターの種類や開発状況を解説するとともに今後の展望を示した。西森教授は、量子コンピューターの理論的研究を世界的にリードしている研究者で、来年からスタートするIEEEの量子コンピューティング用語標準化ワーキンググループのメンバーにも選ばれている。1998年に量子アニーリングを提唱したことで有名。

 量子コンピューターは、量子力学の重ね合わせの原理を使って超並列計算を実現するもので、その演算器を量子ビットと呼ぶ。量子力学の法則によって、量子ビットは0と1の状態を同時に実現しているため、n個の量子ビットを用意すれば2のn乗個の状態が同時に実現されることになる。それを“量子もつれ”(エンタングルメント)という量子力学固有の性質を利用して一括処理することにより、1回のステップで2のn乗回の計算が可能。処理能力は量子ビットの数に応じて指数関数的に増加する。1,000個の量子ビットがあれば、10の30乗もの状態を一度に処理できる。

 実際には、量子ゲート型(量子回路模型)および量子アニーリングと呼ばれる方式での開発が進められている。量子ゲート型はどんな問題にも適用できる汎用性を持つとされるが、とくに現在のコンピューターと比べて指数関数的に速くなることが理論的にわかっている用途がいくつかあるという。まずは素因数分解で、現在は解読不可能なRSA暗号を破ることもできるようになる。ただ、厳密な計算が必要なため誤りを訂正しながら実行しなければならず、そのために多数の量子ビットが必要。RSA暗号解読には1億量子ビットが必要だといわれており、「このスケールのマシンは今後20年でも実現しないのではないかと思う」(西森教授)という。

 逆に早期実用化が期待できるのは量子化学計算の分野。量子力学的な原子や分子の世界を量子コンピューターで直接シミュレーションするというもので、素因数分解ほどの厳密性が必要でないため、応用候補の筆頭にあげられるという。有用な機能を持つ分子の設計、高温超伝導の機構解明、最適化問題などでの成果が注目される。また、大規模データをどのように処理させるかが課題だが、機械学習も量子ゲート型の用途として期待が大きい。

 一方、量子アニーリング型は実用化が先行しており、商用マシンとしてすでに「D-Wave」が販売されている。こちらは、現在のコンピューターよりも相当速くなると思われる用途としては、物流・交通量の最適化、故障診断、機械学習などの最適化問題、また最適化問題を一般化したサンプリングなども高速化が期待されるという。ただ、実際にD-Waveやシミュレーターなどの実機で動かすと、速くなる例も遅くなる例もあり、どのような特徴を持った問題が速くなるのかを調べる研究も活発に行われている。

 西森教授によると、量子コンピューターかどうかの定義は、第1段階が量子ビットを使用していること、第2段階は二つ以上の量子ビットによる量子もつれ(エンタングルメント)が生じていること、第3段階は現在のコンピューターよりも指数関数的に高速化される(可能性のある)アルゴリズムを走らせる機構を備えていること、あるいはこの条件を近い将来に満たすことが可能な装置であること、そして第4段階がこれらの条件を実際に満たした装置であるという。この定義を現在開発中のマシンに当てはめると、D-Waveは2年後に予定されている次世代機(5,000量子ビット)で、またIBMが開発中の50量子ビットチップや、Googleが開発している49量子ビットチップ(Googleは量子アニーリングマシンも開発中)を採用したマシンが登場すれば、いずれも第3段階に当てはまる。国プロで開発中の「量子ニューラルネットワーク」(QNN)は「第1段階に達している」とコメントした。

 そのほか、量子コンピューターで期待されているアプリケーションについて、西森教授は「IBMやGoogle、マイクロソフトなどの先行企業は営利追求。巨大な利益が見込める創薬が狙いだと思う。またマイクロソフトは肥料の製造プロセスを革新する目論見だと伝えられている。空気から窒素を取り出しアンモニアを合成するハーバー法は、肥料生産によってその後の世界を変えたほどの大発明だったが、大量のエネルギーを消費するという問題がある。量子化学シミュレーションで革新的なプロセスが発見されればそのインパクトは確かに世界的なものになるだろう。こうした問題なら、数百の量子ビットがあれば実用的な計算ができる」と話す。発明者が受ける利益も相当なものになるはずだ。

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<関連リンク>:

東京工業大学(トップページ)
https://www.titech.ac.jp/

東京工業大学(西森研究室のトップページ)
http://www.stat.phys.titech.ac.jp/nishimori/index-j.html

東京工業大学(西森研究室の紹介)
https://educ.titech.ac.jp/phys/news/2016_07/052401.html


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