東京大学・平岡教授らが150度Cでも安定な分子集合体を開発

噛み合わせを解析する計算手法確立、機能性分子の設計指針に新概念

 2018.03.27−東京大学大学院総合文化研究科の平岡秀一教授らは、横浜市立大学、大阪大学の研究グループと共同で、ファンデルワールス(vdW)力などの弱い分子間相互作用だけを利用し、水の沸点をはるかに超える150度Cでも安定な自己集合体を水中でつくることに成功したと発表した。これは、歯車のような構造を持つ分子で構成された集合体で、「ナノキューブ」と呼ばれる。歯に当たる“分子ほぞ”が強く噛み合うことで安定になるが、実際にはvdW力の作用であり、同グループではvdW力が強く働く噛み合わせの良さを評価するための計算手法も確立している。今後、機能性分子の設計指針に噛み合わせという概念を導入することで、熱安定性の高い生体分子や新材料の創製が期待されるほか、医薬分野でもさらに結合力の強い分子複合体の形成に応用できるという。

 化学結合によらない分子間相互作用は、タンパク質などの生体分子が自己集合し秩序構造を形成する現象に関係している。とくに、分子間の空間配置を規定する分子間相互作用の方向性が重要になるが、vdW力は弱く方向性に乏しいため、分子デザインにこれを利用することは難しかった。

 平岡教授らは、分子の疎水表面が密に接触することによりvdW力の効果が最大に引き出されることに注目し、歯車のような構造を持つヘキサフェニルベンゼンに親水性・疎水性の置換基を導入し、6個の分子が噛み合って自己集合したナノキューブを構築した。そして今回、ナノキューブの中央部の空隙に疎水性分子を包接させることにより熱安定性が上昇することを発見、150度C以上でも分解しないことを確かめた。これは、自然界に存在する超好熱菌タンパク質「phCutA1」で確認されている最高温度148.5度Cを超える水準だ。

 この研究により、vdW力という弱く方向性の乏しい分子間相互作用であっても、噛み合わせの良い分子表面をデザインすることで、熱安定性の高い秩序構造を形成できることが明らかになった。また、超好熱菌(至適最適温度が80度C以上)が熱に強い理由(分子レベルの機構)はまだほとんどわかっていないが、ナノキューブの構造形成に利用されている分子間相互作用(疎水効果、vdW力、弱い静電力)は、タンパク質の構造形成に働くものと同じであるため、超耐熱性タンパク質の安定化の機構解明につながるとも期待される。

 平岡教授らは今後、集合体の形状を8面体や12面体などに展開したり、パーツになる分子の種類を複数にしたり、内部に包接する分子を別のものに変えたりするなど、さらに研究を進めていくことにしている。

 なお、今回の論文は、雑誌 Communications Chemistry に「Hyperthermostable cube-shaped assembly in water」のタイトルで掲載された。

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 一方、研究グループでは、分子の噛み合いの良さを解析するため、独自に“SAVPR”(Surface Analysis with Varying Probe Radii)を開発。これは、分子複合体における接触面積の面間距離分布を簡便に求める手法で、コンピューターで分子表面を計算する方法を応用している。通常は、水分子の直径に相当する2.8オングストロームのプローブ球を分子表面に転がすことで計算するが、平岡教授らはプローブ球の直径をゼロから0.01オングストローム刻みで変化させ、特定の面間距離における接触面積の変化をグラフにすることで、分子の噛み合いの程度を可視化することに成功した。(右図参照)

 この結果から、高い熱安定性を示すナノキューブは、面間距離が1オングストローム以下の接触面積の割合が高いことがわかった。2.8オングストロームの距離では疎水効果が大きく働くが、それより狭くなるとこの効果がなくなり、vdW力(距離の6乗に反比例)が1オングストローム以下の面間距離で最大化されると考えられるという。これまで、水中における分子複合体の安定性に関して、疎水効果とvdW力の寄与を分割することは難しかったが、SAVPRによってvdW力を半定量的に評価することが可能。また、SAVPR解析は計算コストが高くないため、産業界などで応用しやすいことも利点になるという。

 平岡教授の話によると、天然自然のものを含め既存の分子集合体で、1オングストローム以下の距離で噛み合っているものはほとんどないという。今後、噛み合わせという尺度を導入することにより、高機能な分子デザインが可能になると期待される。

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<関連リンク>:

東京大学(平岡研究室のトップページ)
http://hiraoka.c.u-tokyo.ac.jp/


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