英ケンブリッジ・クオンタム・コンピューティングが日本進出

量子コンピューター上で量子化学計算、サイバーセキュリティも

 2019.12.25−英ケンブリッジ大学発ベンチャーで、量子コンピューティング技術のソフトウエア企業であるケンブリッジ・クオンタム・コンピューティング(CQC、イリアス・カーンCEO)は19日、日本市場に本格進出すると発表した。今年1月に設立していた日本法人の体制を整備し、新社長に結解(けっけ)秀哉氏を招き、本格的に事業を開始したもの。5人体制でのスタートだが、営業活動と並行して国内の大学・研究機関との共同研究を行い、量子科学の知識を持つ研究者・技術者を雇用していきたいとしている。当面、サイバーセキュリティ、量子化学、量子機械学習の分野をターゲットにしていく。

 CQCは2014年設立で、ロンドンに本社を置くほか、英国内ではケンブリッジ、オックスフォード、チェシントン、米国のバークレーとワシントンDCに拠点を設けている。社員数は85人で、うち60人が科学者(そのうち35人が博士号取得者)となっている。未上場企業だが、日本のJSRからの出資を受けている。

 同社は量子コンピューターの上で動かすソフトウエアのための開発および実行環境を提供する企業で、独自開発の汎用コンパイラー兼プログラミング環境「t|ket」(ティケット)を製品化している。さまざまなプログラミング言語で書かれたソースコードを、各種の量子コンピューター向けにコンパイルすることができる。IBMなどのハードウエア開発企業と協業しており、ハネウェル、グーグル、インテル、IonQ、マイクロソフトなどが開発しているマシンでもソフトを動かすことができるという。とくに、量子回路を最適化し、演算回数を削減できるようにするほか、プログラム実行時には抽象的な量子回路を実行可能な回路に変換し、最適な物理量子ビット(キュービット)への配置を割り当てることが可能。「t|ket」を介することで、異なる量子コンピューター間のアプリケーションの移植も容易になる。

 同社では、「t|ket」をベースにした特定分野向けのプラットフォームも製品化している。「EUMEN」(ユーメン)は量子コンピューター上で量子化学計算を行うためのツール。量子プログラミングの専門知識を必要とせず、一般の化学者が量子化学計算を容易に実行できるようにすることを目指している。量子化学は、材料科学と生命科学の両方で、当面の量子コンピューターの用途として有望視されている市場の1つだとされるが、計算化学者にとっても技術的な敷居が高いと考えられていただけに、実際の応用事例が注目されよう。「EUMEN」自体はパッケージ化されたソフトだが、サポートなしで使いこなせる性格の商品ではないため、共同研究などのスタイルで普及を図ることになりそうだ。

 また、この分野における研究成果として、CQCの科学者グループが10月に論文発表「Calculation of excited states via symmetry constraints in the Variational Quantum Eigensolver」(VQEにおける対称性制約による励起状態の計算)を行っている。これは、量子コンピューター上で効率的に記述できる量子状態を用いて基底状態を探索するVariational Quantum Eigensolver(VQE、変分量子固有値ソルバー)アルゴリズムを使って、励起状態を解析するために必要な改変を行う方法を発見したというもの。これまでのVQEアルゴリズムは分子の基底状態しか計算できなかったため、励起状態が重要になる材料設計などの分野には対応しづらかった。「EUMEN」からこのアルゴリズムが利用できるようになるという。

 さらに、量子コンピューター上で機械学習を高速度に行う専用プラットフォームを開発中。こちらは、金融や自然言語処理などへの応用を想定している。すでに量子コンピューターの実証実験を進めているメガバンクもあり、CQC日本法人としても優先的に取り組みを図りたいとしている。

 これらに加え、現在製品化が最も先行しているのが量子暗号デバイス「IronBridge」。量子コンピューターが実用化されると、既存の暗号化技術は無効化され、政府機関や企業にとって重大なセキュリティリスクになると危惧されているが、「IronBridge」はこれを回避するためのデバイスで、今年3月に製品化された。サーバーラックにマウントできる4量子ビットプラットフォームとしてデザインされており、独自の量子もつれを採用することでリアルタイムで自己認証を実行できるフォトニックデバイスを内蔵している。ハッキング不可能な乱数キーを生成することにより、改ざんを100%防止できる。

 実際には、量子コンピューターが普及したあとのセキュリティ対策に必要となる製品だが、すでにクラウド事業者や銀行・クレジットカード会社などが実証実験をはじめている。CQC日本法人では、一般の企業向けサイバーセキュリティに加え、IoTなどの製造業を対象としたユースケースの拡充に取り組む考え。

 なお、日本法人の名称は「ケンブリッジ・クオンタム・コンピューティング・ジャパン」で、所在地は東京都千代田区大手町1-5-1、大手町ファーストスクエア イーストタワー4階。電話03-5219-1433。




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<関連リンク>:

英CQC(トップページ)
www.cambridgequantum.com

VQEアルゴリズムによる励起状態計算に関する論文へのリンク
https://arxiv.org/abs/1910.05168


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