東大生研・溝口教授らのグループがAIで励起状態スペクトル予測

理論計算に比べ数百倍の高速化、励起状態の理解促進へ

 2020.06.05−東京大学生産技術研究所の溝口照康教授、清原慎大学院生(研究当時)、産業技術総合研究所の椿真史研究員らの研究グループは、人工知能(AI)を利用して物質の励起状態を正確に予測する手法を開発した。時間のかかる理論計算を行うことなく、励起状態の電子構造を知ることができるため、物質の構造解析や環境物質調査、医療診断などに関する研究を加速させると期待される。詳しい研究成果は、3日に英国Nature Publishing Group発行の「npj Computational Materials」誌オンライン版に掲載された。

 半導体設計や電池開発、触媒解析など、物質開発の現場では、ミクロな構造を調べるためにX線や電子線を照射したスペクトルが測定されている。とくに、電子顕微鏡やX線を使った内殻電子励起分光法は、高い空間分解能と時間分解能で原子配列と電子構造を調べることが可能。また、励起状態を利用するスペクトルは、環境物質の同定や血液診断など応用範囲が広がってきている。

 ただ、物質の励起状態はフェムト秒オーダーの一瞬しか存在しないため、励起状態を反映したスペクトルを理解するためには、コンピューターで励起状態を再現する理論計算が必要。この計算は複雑かつ大規模で、最低でも1時間、複雑なものは数日を要した。また、解析が難しいため、物質間で励起状態がどのように異なるかなど、基礎的な知見も不足しているのが実情だったという。

 溝口教授らのグループは、まず酸化シリコンの結晶構造とアモルファス構造で1,200個近いスペクトルを計算し、データベースを作成。ニューラルネットワークを利用して、基底状態と励起状態の関係を学習させ、基底状態を入力すると励起状態を予測するAIを構築した。実際に検証したところ、AIが基底状態から予測した励起状態のスペクトルは、1時間かけた理論計算とほぼ一致しているという結果が得られた。基底状態を計算するだけで励起状態がわかるため、トータルのスループットは数百倍に高速化されたことになる。

 一方、今回の研究を通して、励起状態に関する重要な知見も得られたという。例えば、今回の予測モデル(酸化シリコンをモデルに作成)が、酸化マグネシウムや酸化アルミニウム、酸化リチウムなど別の酸化物のスペクトル予測にも適用できることがわかった。このことは、これらの酸化物の励起状態が類似していることを示唆しているとのことだ。また、酸化シリコンの結晶で作成した予測モデルを、酸化シリコンのアモルファスに適用した場合、予測精度が非常に悪いこともわかった。同じ組成の化合物でも、結晶とアモルファスでは、その励起状態が異なることを科学的に証明することができたという。

 研究グループでは今後、赤外分光やラマン分光など、励起状態がかかわる他のスペクトルの予測へと適用を広げていく。これにより、物質の構造解析や環境物質調査などの分野で応用がさらに広がると期待される。なお、掲載された論文のタイトルは「Learning excited states from ground states by using an artificial neural network」。

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<関連リンク>:

東京大学生産技術研究所(溝口研究室のホームページ)
http://www.edge.iis.u-tokyo.ac.jp/


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