統計数理研究所などの研究グループが高分子物性MD計算を全自動化

オープンソースソフト「RadonPy」リリース、高分子材料物性大地図の作成目指す

 2022.11.10−統計数理研究所の林慶浩助教と吉田亮教授は、東京工業大学の森川淳子教授と東京大学の塩見淳一郎教授、物質・材料研究機構(NIMS)のPoLyInfo開発チームの協力を得て、分子動力学法(MD)による高分子物性計算を全自動化するオープンソースソフトウエア「RadonPy」を開発し、正式リリースしたと9日発表した。モノマーの化学構造と重合度、温度等の計算条件を入力とし、アモルファスポリマーや高分子溶液等の系に対し、熱物性、機械特性、光学特性を含む15種類の物性の自動計算が可能。研究グループでは、スーパーコンピューター「富岳」を活用して計算を進め、10万種類以上の分子骨格を包含する世界最大級の高分子物性データベース(DB)を創出するプロジェクトを推進。10月には産学共同で、RadonPy データベース共同開発事業コンソーシアムを設立している。日本のマテリアルズ・インフォマティクス(MI)推進に向けた大きな武器になる可能性がある。

 近年、MIが注目を集めているが、高分子材料を対象としたMIは、他の材料系に比べて大幅に遅れているという。最大の問題はデータの乏しさ。NIMSが長年蓄積・整備している「PoLyInfo」を除いて、データ駆動型研究に役立つ体系的なオープンデータを創出しようという動きは低調で、それ以外の高分子DBはいずれもデータ量が非常に少なく、データを自動抽出・成形・加工するツールも整っていない。また、試料の作成条件(プロセス条件)や高次構造といった情報も十分に記録されていないという。これに対し、無機結晶や低分子化合物では、計算化学によって少ないデータを補うという取り組みが進み、MIへの応用も進展してきている。しかし、高分子材料については、物性計算の自動化が技術的に難しいことや、計算時間の膨大さに関わるコストが壁となり、計算物性DB開発はほとんど進んでいなかった。

 今回のRadonPyは、全原子MDによる高分子物性計算を全自動化する世界初のオープンソースソフト。ポリマーの構成単位であるモノマーとその化学構造、重合度、温度等の計算条件を入力とし、分子モデリング、電荷計算、平衡・非平衡MD計算、平衡化完了の自動判定、収束に失敗した場合の再スタートスケジューリング、ポストプロセス段階での物性計算など、MDシミュレーション(計算エンジンとしてLAMMPSを使用)の全工程を自動実行することができる。今回のファーストリリース版では、熱物性、機械特性、光学特性を含む15種類の物性計算を自動化するアルゴリズムを搭載。計算可能な系は、線状高分子(ホモポリマー、コポリマー)のアモルファス状態や溶液中の高分子などとなっている。

 共同研究の中では、1,000種類以上のアモルファスポリマーを対象にした検証を実施。PoLyInfoに登録された物性値と計算結果を比較し、重合度等の計算条件や分子骨格の種類が計算値に与える影響や、物性ごとの予測精度や性能限界も徹底的に調べた。このように、高分子物性MD計算の性能を系統的に検証したのも初めてだという。とくに、さまざまな高分子材料に対して普遍的に適用できる計算条件はないため、計算結果にはバイアスやばらつきが生じる。同時に実験値にも、非観測因子や計測系の特性によりバイアスとばらつきが生じる。こうした複雑な現実系と不完全な計算モデルとの間のギャップを、転移学習で埋める方法を見いだした。実験と計算両方のバイアスとばらつきを転移学習は予測可能であり、実際にMD計算値と実験値の間に存在するバイアスとばらつきが転移学習を用いたキャリブレーションによって大幅に改善されることを示した。さらに、高分子材料の複数物性の同時分布やパレートフロンティア(複数物性を同時に改善する最上バランスであるパレート最適解の集合)の位置、そこに存在する高分子材料の構造的特徴を明らかにするという研究成果も得られたとしている。

 共同研究グループの目標は、高分子材料物性大地図の作成。文部科学省「富岳」成果創出加速プログラムの支援を受け、「データ駆動型高分子材料研究を変革するデータ基盤創出」のもとで前進を図る。10月にスタートした産学協同コンソーシアムには、統数研以外に3大学と企業19社が参画しており、約90人の研究者が産学の垣根を越えてRadonPyとDBの共同開発を推進している。計算データを生産し蓄積する過程で、複数物性の同時分布とパレートフロンティア、フロンティアを形成する新材料を明らかにしていく。とくに、生分解性プラスチックや高熱伝導性高分子材料に関する体系的なデータを創出し、脱炭素・循環型社会やサーマルマネジメントに貢献する新材料の創製を目指していくとしている。

 将来的には、PoLyInfoとRadonPyデータベースを併用することで、世界最大の高分子材料物性DBを利用することが可能になる。研究開発において計算と実験は車の両輪だが、データ科学がその両輪を回すエンジンの役割を担うという意味で、統数研が率先して取り組む研究テーマだと位置づけられるということだ。

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<関連リンク>:

npj Computational Materials誌(今回の研究成果に関する論文)
https://www.nature.com/npjcompumats/

RadonPyダウンロードページ
https://github.com/RadonPy/RadonPy

統計数理研究所(吉田研究室のホームページ)
http://spacier.ism.ac.jp/

東京工業大学(森川研究室のホームページ)
http://www.morikawa.op.titech.ac.jp/?_gl=1*moo3lc*_ga*NzAyNzQ2NDQ5LjE2NzAyMTE2NTk.*_ga_VKBJ61GEPE*MTY3MDIxMTY1OS4xLjAuMTY3MDIxMTY1OS4wLjAuMA..

東京大学(塩見教授所属の熱エネルギー工学研究室のホームページ)
http://www.phonon.t.u-tokyo.ac.jp/


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