2010年冬CCS特集:第2部総論、技術動向

次世代スパコンで盛り上がるグランドチャレンジ、進む民間への開放

 2010.12.02−コンピューターケミストリーシステム(CCS)をめぐって、スーパーコンピューターに代表されるハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)が盛り上がりをみせている。スパコンはいまや国家事業であり、“グランドチャレンジ”と呼ばれる大規模シミュレーションに利用される。その対象は主に自然現象。地球規模での気象予測、銀河や星の成立過程のシミュレーションなどは、スパコンでなければ解き明かせない大規模問題の典型だといわれる。ところが、地球や宇宙を超える複雑性を持っているのが原子や分子の世界であり、それらに支配される生体メカニズムなのである。国内では世界一を目指す次世代スパコン「京」が2012年完全稼働の予定で開発中だが、5分野のグランドチャレンジのうち2つがCCS関連のテーマとなっている。今後、民間も巻き込んで新たな展開が期待される。

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 CCSの世界では、1980年代後半から1990年代初めにかけてスパコンが注目された第1次ブームが生じた。1986年にデュポンがCRAY 1A、三菱化学がVP-50を導入したのを皮切りに、日米化学産業でスパコン導入が活発化し、CCSnews調べで1991年までに日米化学界でそれぞれ14台のスパコンが稼働した。これらはほとんど民間企業が導入したものであり、安くても数億円という高価なシステムだったが、それだけニーズや期待が高かったのだといえる。

 それから20年。いまやスパコンは国家事業である。11月半ばに世界の最新スパコンのトップ500リストが発表されたが、上位は公的機関が所有する巨大マシンで占められている。民間企業が導入したマシンは100位以下にならないと出てこないほどだが、決してニーズは変わっていない。税金を投入して開発されたスパコンは民間の利用にも開放されるのが通例であり、むしろ積極的に民間の利用を募ることが最近のトレンドともなっている。

 例えば、今回のトップ500で4位に入った国内最速の東京工業大学の「TSUBAME 2.0」(実行性能1.2ペタFLOPS)だが、今年の冬から産業界への提供が開始される。これは、文部科学省の先端研究施設共用促進事業に基づいて行われるもの(事業全体では全国の大学など37施設が対象)で、産業界での利用のための外部公開枠をマシンの全能力の20%分にまで広げた。採択課題として国から4分野が指定されているが、「計算化学手法による創薬技術の開発」と「シミュレーションによるナノ材料・加工・デバイス開発」の2テーマはCCSに関係する。旧TSUBAMEでも2007年度から民間利用が進められてきたが、CCS系のテーマがいくつも採択されてきている。

 2002年から2004年まで丸2年にわたり世界一の座を保持した海洋研究開発機構の「地球シミュレータ」(現在のものは第2世代機)は、今回のトップ500では順位こそ54位に後退したが、国内では4番目に速いスパコンであり、実行性能も122テラFLOPSと一線級だ。とくに、いまでは珍しいベクトルマシンであることが特徴であり、プログラム次第では容易に高速性能を引き出すことができる。

 地球シミュレータも文科省の先端研究施設共用促進事業のもとに産業界での利用が可能で、これまでの採択課題としては材料開発が最も多く、全体の4割近くを占めている。無償のトライアルユース制度があり、効果を確認してから有償利用に移行することが可能。文科省事業の枠組みの中では、民間企業でも利用成果を公開する義務があるが、海洋研究開発機構では非公開での利用サービスも用意している。この場合でも無償のトライアルユースに応じるという。

 一方、「京」は、次世代スパコンとして理化学研究所の計算科学研究機構(AICS)に導入されるマシンで、実行性能で10ペタFLOPSが目標とされている。完成は2012年だが、今年5月には神戸・ポートアイランドに建屋が完成し、9月末から設置が順次開始されている。中身は富士通が開発しており、SPARC64ベースの8コアCPUを4個搭載したシステムボードを24枚装着したシステムラックが800台以上並ぶという壮大なシステムになる。「京」が取り組む戦略5分野は「予測する生命科学・医療および創薬基盤」、「新物質・エネルギーの創成」、「防災・減災に資する地球変動予測」、「次世代ものづくり」、「物質と宇宙の起源と構造」で、やはりCCS関連が2テーマ含まれている。

 「京」の完成とともに、これらの先端スパコンの民間での活用は、これからますます注目されるだろう。

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 スパコンをめぐる技術動向で最近注目されているのがGPU(グラフィックプロセッサー)の活用である。今回のトップ500では、1位、3位、4位を占めたことに加え、100位以内に全6機種がランクインしている。

 現在の世界ナンバーワンスパコンは中国の国防科学技術大学(NUDT)が開発した「天河1号A」(Tianhe-1A)で実行性能は2.5ペタFLOPS。7,168個のGPU(エヌビディアのTesla M2050)と1万4,336個のCPU(インテルのジーオン)を採用している。

 3位は中国の曙光が開発し、深の国立スーパーコンピューターセンターに設置されている「星雲」で、性能は同1.3ペタFLOPS。4,640個のGPU(エヌビディアのTesla C2050)を搭載している。4位は東工大の「TSUBAME 2.0」だが、4,224個のGPU(エヌビディアのTesla M2050)を搭載。こちらは、完全にGPUメインのマシンで、理論最大性能2.39ペタFLOPSのうち、2.2ペタFLOPS分がGPUによるものだ。

 このように、世界最先端のスパコン開発に欠かせない技術となったGPUだが、もともとはパソコン用のグラフィックチップであり、民間用途でも容易に使いこなせることが、さらに注目すべきポイントだろう。

 例えば、GPUメーカーであるエヌビディアの最新“Fermi”アーキテクチャーは、1チップで最大512コアという高並列演算が可能で、しかも倍精度で515ギガFLOPSの性能を発揮できる。GPUコンピューティング用にデザインされた「Teslaシリーズ」で、内蔵スロット装着型のCシリーズが約2,500ドル、ブレードサーバー型のSシリーズで約1万3,000ドル。Windows環境で使用すれば、マイクロソフトの統合開発環境「Visual Studio」を使って、GPU対応のプログラムを容易に作成することができる。

 また、対応アプリケーションも提供され始めており、CCS分野では初の商用パッケージとして、分子動力学(MD)ソフトの「AMBER」(米カリフォルニア大学)が最新バージョン11でGPUに正式対応した。フリー版では、米国のベックマン研究所や国立衛生研究所(NIH)などで開発された「NAMD」も欧米では人気がある。

 これらのMDシミュレーションは、CCSの中でも高速処理が重要になる分野で、10年以上前からさまざまなアクセラレーター(専用チップ)開発が進められてきた。ところが、それらのチップはすぐに陳腐化してしまい、開発を継続できなかったために事業としてはほとんど成立しなかった。その点で、現在のGPUアクセラレーションは継続性が期待できる。パソコンがある限り、GPUはなくならないためだ。常に新しいGPU開発が継続されており、安定的にGPUは性能を上げていく。このため今後、順次GPU対応アプリケーションパッケージが出揃っていくことにより、実際のユーザーの間での利用も確実に進んでいくとみられよう。


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