2011年冬CCS特集第1部:総論・業界動向

海外ベンダー大手が再編、国内勢は二極化傾向

 2011.12.07−コンピューターケミストリーシステム(CCS)は、医薬・化学・材料研究を支援するIT(情報技術)ソリューション。近年、とくに医薬分野では、新薬のターゲットになるバイオマーカー探索のための大量データ解析、薬効に優れ安全性も高い化合物をデザインするための分子モデリング、実験データの共有化を実現する電子実験ノートブック、トランスレーショナルリサーチの基盤となるITプラットホーム、また化学・材料分野では高速な計算機環境を生かしたナノスケールシミュレーションなどの技術が注目されている。研究開発支援と一口に言っても、幅広いソリューション領域を包含するため、多くのベンダーがこの市場で事業を展開しているのが現状。この1年で海外は大手ベンダーを中心に大規模な再編劇が生じたが、国内は海外製品を主体とした古株のベンダーが事業基盤をますます固める一方、独自技術で自社製品を開発する小規模なベンダーの登場も目立っている。

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◆◆◆海外ベンダー:創薬から開発へ、データ駆動型R&Dが主流に◆◆◆

 海外のCCSベンダーでは、昨年7月に米シミックスを買収した米アクセルリスが着々と新たな製品体系を築きあげつつある。今年になって、「アクセルリス・エンタープライズR&Dアーキテクチャー」というトータルコンセプトのもとに「アクセルリス・モデリング&シミュレーションスイート」、「アクセルリス・エンタープライズ・ラボマネジメントスイート」、「アクセルリス・ケムインフォマティクススイート」などのソリューションを順次整えてきている。

 アクセルリス自体、欧米の複数のCCSベンダーが合併して生まれた企業で、かつては製品の統合で苦労した歴史もあったが、今回のシミックスとの統合は非常にスムーズに進んだと見受けられる。

 製薬分野を対象にするCCSは、医薬品の候補化合物を探索するための“創薬支援”と、安全性試験または臨床試験を経て製造承認・新薬申請に至る過程をカバーする“開発支援”という2領域に大別される。アクセルリスは、シミックスとの合併などで得た情報統合基盤を生かしつつ、今後は開発支援領域への進出を計画している。

 一方、旧シミックスを脅かす存在になってきていた米ケンブリッジソフトを今年の4月に買収したのが、計測機器やバイオ機器の大手である米パーキンエルマー。シミックスもケンブリッジソフトもケムインフォマティクス分野の大手ベンダーだったが、この市場はいま成長期にある電子実験ノートで注目されているとともに、今後主流になるといわれる“データ駆動型研究開発”を推進するためのプラットホーム技術として重要だという意味でも、投資対象として魅力的だったと考えられる。

 パーキンエルマーはここ数年で他のソフトベンダーも買収してきており、今回インフォマティクス部門を新設して、ケンブリッジソフト、アルタスラボ、ラボトロニクス、ラボワークスの4社の事業を統合した。インフォマティクス部門のトップには、アクセルリスの初代社長(2001年当時)を務めたマイケル・ステープルトン氏が就任している。

 パーキンエルマーの戦略も、やはり創薬支援から開発支援へと横串を一本通すことが基本で、同時にコア事業である計測機器/バイオ機器との連携により、データ駆動型の研究開発環境を実現することを狙っている。フルタイムの社員が500人以上という大きな組織になったが、グループ全体では6,000人以上の社員がいるため、CRO(臨床開発受託企業)などで注目される中国におけるCCSビジネスの展開もしやすくなるとしている。

 最近では開発支援領域の注目度が高まっているものの、創薬支援領域でもバイオマーカー探索のためのシステムバイオロジーとの関連で、ビッグデータ解析へのニーズが増大している。ゲノミクス、プロテオミクス、メタボロミクスなどの網羅的解析を通し、臨床データと創薬研究とが橋渡しされることで、病気のメカニズムや創薬ターゲットについて新たな知見が次々に得られているためだ。とくに、次世代シーケンサー(NGS)は人手には負えない大量の情報を出力するため、ITでの支援が不可欠となっている。

 この分野は旧来の創薬系CCSとはまた別の市場で、ベンダーもまったく異なる専門的な企業となる。ただ、全方位志向のアクセルリスなどはこの分野のベンダーとも提携をはじめており、今後の再編のホットな舞台になる可能性もあるだろう。

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◆◆◆国内ベンダー:輸入販売型と自社開発型で二極化◆◆◆

 国内のCCS市場は、海外製品の輸入販売を中心とする古手の大手ベンダーと、自社開発に挑戦する比較的小さなベンダーに二極化する傾向が強まっている。

 もともと、CCS市場には1本で他を凌駕する決定的な製品というものが存在しないため、代理店主体のベンダーは製品を面で展開し販売機会を増やそうとする。そのため、研究領域から開発領域へ、医薬系から化学・材料系へとマルチベンダーで製品ラインを拡大することになっていく。この場合、できるだけ多くと代理店契約をすることが成功の大きな要因である。

 欧米のCCS製品が国内で流通するようになって30年近くなり、かつては欧米ベンダーの再編で代理店が振り回され、販売する製品を失って市場から撤退するところもあった。また、開発元が日本法人を設立したために製品を失って危機に陥る例もあった。例えるならば、顧客のニーズをとらえる網のようなもので、それが小さかったり穴が開いていたりするとニーズを取り逃がしてしまう。

 菱化システムやCTCラボラトリーシステムズのような代理店系ベンダーは長年にわたってそうした荒波を潜り抜けてきており、すでに強力な製品ラインアップを構築して安定した事業展開を行っている。ヒューリンクスも、もともとパーソナル的な市場に強いという違いはあるが、製品の多さでは負けていない。

 一方、独自開発による自社製品で勝負するベンダーも増えてきている。ただ、この種のベンダーの場合、いわば網が小さいために事業規模をどんどん大きくしていくようなことは難しいのが実情だ。少人数で開発から販売までを行うが、事業としてこらえきれずに撤退するベンダーも、過去には少なからず存在した。

 逆に、欧米ではこのような小規模なベンダーが数多くあり、それらを代理店系の大手ベンダーが日本市場に紹介しているという側面もあるわけだ。国内には、CCSが外国製品一辺倒になることを危惧する声もあり、国産ソフトが事業として成り立つ素地を醸成することが重要だとの指摘もある。

 もう一つの可能性は、自社開発と代理店とのハイブリッドという道だ。富士通と富士通九州システムズ、コンフレックスなどがその代表例で、自社製品を持ちながら海外製品の輸入販売も手がけている。

 さて、今年の日本市場においては、海外ベンダーの日本法人の設立が相次いだ。とくに注目されたのが米シュレーディンガーで、6月に全額出資で日本法人を設立し、10月からは直接での販売・サポート業務を開始した。長年の代理店だったインフォコムとの関係を断っての直接進出となった。また、デンマークのクオンタムワイズも9月に法人を設立した。こちらは、代理店のサイバネットシステムが7月でCCS事業から撤退したため、日本での事業を継続するために法人設立に至ったもの。

 その他、英IDビジネスソリューションズも最近、日本法人を設立したもよう。米オープンアイも昨年10月に日本法人の東京オフィスを設立(法人設立は2008年)して対日戦略を本格化させている。

 日本のCCS市場はそう大きくはないため、これまでは海外ベンダーの直接進出はあまり多くはみられなかった。しかし、国内ユーザーのサポートに対する要求が高度化していることもあり、ワールドワイドでのサービスレベルを共通化するという理由で、日本法人を設立するケースが多い。


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