立教大・望月教授らがFMO計算でナノ−バイオ境界の新モデリング技術
たん白質と固体表面の相互作用解析に応用、文科省プロ「RISS」の新成果
2013.05.10−立教大学理学部の望月祐志教授と東京大学生産技術研究所らの研究グループは、大規模な系を計算対象にできることで注目を集めているフラグメント分子軌道法(FMO)を利用して、ナノ−バイオ境界の現象を解析する技術を新たに開発し、世界で初めてシリカ表面と微小たん白質(ペプチド)の相互作用に関する大規模モデリングに成功したと発表した。シリカ表面と強く相互作用(結合)するアミノ酸残基とそのエネルギーを精密に定量化することができ、特定組成の固体面を認識する人造ペプチドの分子設計に道をつける成果になったとしている。将来的には、生体親和性の高いインプラント材料開発、微小粒子を利用したドラッグデリバリーシステム、生体内の結晶析出を利用してナノ材料をつくるバイオミネラリゼーション、光応答たん白質などの新規デバイス開発にもつながると期待される。
今回の研究は、東京大学生産技術研究所を拠点に実施された文部科学省プロジェクト「イノベーション基盤シミュレーションソフトウェアの研究開発」(RISS)の成果に基づくもの。RISSを構成する7つのサブグループのうち、「バイオ分子相互作用シミュレーターの研究開発」を推進するグループによって実施された。具体的には、立教大学の望月教授をリーダーに、みずほ情報総研の福澤薫チーフコンサルタント、東京大学生産技術研究所の沖山佳生特任研究員、渡邉千鶴特任研究員らが手がけた。
使用したFMOプログラムは、RISSの成果物として公開されている「ABINIT-MP」。FMOプログラムは米国で開発されている「GAMESS」をはじめ、主だったものがいくつかあるが、計算精度が格段に高い“FMO4法”を実用的に実装しているのは現時点では「ABINIT-MP」だけだという。
昨年のプレス発表では、地球シミュレータ上で初めてFMO4計算に成功したが、今回は神戸にあるFOCUSスパコン(計算科学振興財団)を168ノード/総数2,016コアの構成で使用した。プログラム自体もNECの技術でアルゴリズムなどが改良されており、以前のものよりもかなりの高速化が図られている。
さて、実際の計算内容だが、チタン、銀、ケイ素の酸化物表面に対してのみ特異的に結合する12残基のペプチド(癌研究会の芝清隆蛋白創製研究部長らの研究成果)の前半6残基(アルギニン−リシン−ロイシン−プロリン−アスパラギン酸−アラニン、略称RKLPDA)を対象にした。このRKLPDA片をシリコン原子257個で形成したシリカクラスターモデルに組み合わせた複合系とし、周囲に水分子を配置して水和を考慮。分散力を取り込めるMP2による大規模計算を実施した。FMO計算のフラグメント分割としては、シリカ結晶を85分割、ペプチド側は主鎖と側鎖を11分割してそれぞれの相互作用を解析した。計算時間は1ショットで約10時間だったという。
解析の結果、アルギニン、リシン、アスパラギン酸の荷電した残基(側鎖)からの安定化エネルギーが大きいことがわかり、実験的に知られていることと一致した結果が得られた。とくに、フラグメント間の電荷移動として、アスパラギン酸からシリカへの電子供与、シリカからアルギニンへの逆供与が大きいことが判明。RKLPDAとシリカの相互作用においては、静電力に加えて電荷移動力が重要であるという結論が得られたという。こうした情報はペプチド設計において有益な知見となる可能性がある。
また、シリカ側も、ペプチドの結合によって表面だけでなく三次元構造の奥まった部分も分極されていることがわかった。このため、固体側を簡単なクラスターモデルで近似することは妥当ではないことになり、FMO4計算で大規模な複合系を三次元で扱う利点があらためてはっきりしたという。
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会見での説明によると、今回の研究のポイントは、FMO4計算をナノ−バイオ系に世界で初めて適用したことと、そのために固体結晶をフラグメント分割する新手法を開発したことの2点。
とくに、今回のような257個もの原子からなる三次元の結晶構造を手作業でフラグメント分割するのは非常に困難であるため、プログラムによる自動分割を実現した。ただ、固体のフラグメント分割はコツがあるため、どんな対称でも自動分割できることにはならない。RISSで公開中の「ABINIT-MP」最新バージョンには今回のシリカ結晶を対象とする自動分割機能が組み込まれているが、順次対象を広げていく予定。一例としては、クロマトグラフィーの充填剤などに使われる非晶質のシリカゲル、生体適合材料としてのアパタイト、工業材料関係ではゼオライトなどが検討されているようだ。
グループでは、さらに研究を進め、シリカ表面に別種のペプチドを組み合わせて相互作用のパターンの差異を調べるほか、対象を変えて固体結晶の欠損やドープなどのモデリングを行ったり、酸化物にとどまらずエンジニアリングプラスチックやダイヤモンド薄膜を扱ったりすることも視野に入れている。
また、シリカは地球の鉱物の基本的な構成要素であり、水和条件下での鉱物表面への各種イオンの吸着・脱着は重要な化学プロセスだが、電子状態計算による理解はこれまでほとんどなされていなかった。今回の技術を発展させることにより、熱力学的パラメーターを含めた詳細な描像が得られるようになると期待されるという。
とくにFMO4計算はフラグメントの組み合わせが膨大になるため超並列計算に向いているとしており、今後はスパコン「京」を含むHPCIシステム(高度情報科学技術研究機構)を計算機資源として用いていく予定だ。
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<関連リンク>:
イノベーション基盤シミュレーションソフトウェアの研究開発(RISSのトップページ)
http://www.ciss.iis.u-tokyo.ac.jp/riss/
イノベーション基盤シミュレーションソフトウェアの研究開発(バイオ分子相互作用シミュレーターのページ
http://www.ciss.iis.u-tokyo.ac.jp/riss/project/molecule/
イノベーション基盤シミュレーションソフトウェアの研究開発(公開プログラムダウンロードページ)
http://www.ciss.iis.u-tokyo.ac.jp/riss/dl/download/index.php
立教大学(望月祐志教授のホームページ)
http://www2.rikkyo.ac.jp/~fullmoon/top.html