スパコン「京」の産業利用が材料シミュレーションで成果

富士フイルムと住友ゴム工業が事例、計算化学技術の実用化へ加速

 2013.09.11−昨年9月からスタートしたスーパーコンピューター「京」の産業利用分野の研究成果が順次公表されてきている。初年度の産業利用課題は25件が採択された(半期ごとに追加募集が行われている)が、課題選定件数における利用分野の内訳(産業利用を含む一般利用枠全体)は、「バイオ・ライフ」が31%、「物質・材料・化学」が28%とCCS関連がメイン。資源配分量の比率では、「物質・材料・化学」が45%で最大となり、「バイオ・ライフ」の17%が続く。民間の利用研究課題は成果公開型と非公開型に分かれるが、公開型の課題は正式な学会発表のあと、各種のシンポジウムやフォーラムなどでも研究内容が発表されてきている。今回は、材料シミュレーションの応用例として富士フイルムと住友ゴム工業の事例をレポートする。

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 富士フイルムは、物質・材料研究機構(NIMS)と共同により、リチウムイオン電池内で生じている化学反応メカニズムを、第一原理分子動力学計算を使って解明することに成功した。

 リチウムイオン電池の大型化を目指す研究開発においては、安全性や電池寿命が主要なテーマになっている。とくに、充電初期段階で負極界面に形成されるSEI(不動態被膜)が重要な役割を担うとされ、ビニレンカーボネート(VC)などの添加剤を加えることでSEI膜の機能が高まることが知られている。また、その反応の際に代表的な電解液であるエチレンカーボネート(EC)から一酸化炭素(CO)とエチレン(C2H4)が発生すること、VCを添加すると一酸化炭素(CO)と二酸化炭素(CO2)が発生することが実験によって確認されている。しかし、その反応過程を直接観察することができないため、その詳しいメカニズムは不明だったという。今回の共同研究は、電極界面でどのような化学反応が起こっているかを解明し、新規添加剤などの開発につなげようとの狙いがある。

 実際に使用したプログラムは、カー・パリネロ法に基づく第一原理分子動力学法ソフト「CPMD」。平面波・ノルム保存擬ポテンシャルプログラムで、今回は電子の還元反応によってECやVC分子構造のどのボンドが切断されるかを考察するため、ブルームーン法によって活性障壁を評価した。NIMSの研究グループが「CPMD」のオリジナルコードを「京」に移植・最適化し、「京」の48ノード/384並列の環境で、EC分子が32個の系、およびEC分子が31個とVC分子が1個の系を計算した。

 解析の結果、1電子還元反応によって切断されるボンドの位置が特定され、VC分子からはCOが発生することが判明。さらに電子を与える2電子還元を行い、EC分子のアニオン状態からはCOが、還元開裂状態からはC2H4が発生するとともに、VC分子の2電子還元からは1電子還元と同様にCOが発生するという結論を得た。さらに、還元され開裂したラジカルEC分子がVC分子を攻撃し、CO2が発生することがわかったという。

 つまり、充電時に電極から電子が移動することで還元された電解液(EC)分子と還元されていない添加剤(VC)分子が反応して、SEI膜の素材を形成するという新しい反応メカニズムが明らかになったことになる。従来の説では、VC分子の犠牲的還元反応が生じているとされていたが、今回の結果に基づき、研究グループではEC分子のラジカル状態を解消することがVC分子の本質的な役割だったと説明している。副産物ガス発生など、実験で観察されている現象を再現できていることから、今回のシミュレーションの確からしさを確認できるということだ。

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 住友ゴム工業は、次世代のエコタイヤ開発を目指し、トレッドゴムの内部構造全体をナノレベルで解析するために「京」を活用した材料シミュレーションに取り組んでいる。

 タイヤ性能に関係するのは、タイヤ全体の構造と、路面に接地するトレッドゴムの物性の大きく2つの要素。高性能タイヤ開発では、1980年代から90年代にかけて有限要素法(FEM)を用いたタイヤ構造シミュレーションが行われ、タイヤメーカー各社が打ち出した“新タイヤ設計理論”などとして結実した。

 そして、その後のエコタイヤ(低燃費タイヤ)開発の流れの中で、タイヤ構造シミュレーションからタイヤ材料シミュレーションへと変遷してきているのが現状だという。とくにトレッドゴムは、骨格材料となるポリマー、補強材であるフィラー(カーボンブラックやシリカなどのナノ粒子)、ポリマーを連結する架橋剤や結合剤が複雑な構造を形成している。この全体をナノレベルでシミュレーションしようというのが今後の技術目標になっているというわけだ。

 同社では、大型放射光施設「SPring-8」を活用してゴム内部におけるナノ構造の可視化を行い、分子の結合状態やフィラーの分散、各材料のネットワークなど、マルチスケールでの機能予測のためのシミュレーションを実施してきた。実際に使われたプログラムは、経産省プロジェクト「高機能材料設計プラットフォームの開発」で開発された「OCTA」がメインになっているようだ。

 この研究の結果、シリカ同士のこすれとポリマーのムダな動きによる発熱を抑制することが転がり抵抗を下げる(低燃費化)ポイントであることがわかった。つまり、フィラーを均一に分散させるとともに、ポリマー分子の末端を変性(官能基を導入)し、フィラーとしっかり結合させることが必要になる。現在のエコタイヤで、変性しやすいソリューションSBR(溶液重合SBR、S-SBR)が主要材料として不可欠だとされている理由がまさにこれ。低燃費性能とグリップ性能を両立する新素材としてすでに実用化されている。ここまでは、「京」を活用する以前の話となる。

 今後、高性能タイヤへの要求として、現在の低燃費とグリップに加え、省資源の観点からロングライフが注目されるといわれている。このロングライフの課題に対して、現在のレベルのシミュレーションでは対応できないというのが同社の説明である。ゴムを構成する材料を個別にシミュレーションするのではなく、その全体をまとめて解析するのが、今回「京」を利用する主な目的となっている。1辺350ナノメートルの立方体スケールのモデルサイズが必要であり、「京」による大規模シミュレーションでなければ解けない問題といえる。

 同社では、この新材料開発技術を「Advanced 4D Nano Design」として2015年中に確立し、2016年以降の新商品に採用していく計画。CCSの活用は生命科学と材料科学の2つの領域で進んでいるが、医薬品開発を中心とする生命科学系は研究開発のスパンが10年近くにわたるため、成功事例がなかなか表に出てこない。それに対し、材料科学分野は成果が出れば実用化が速いという特徴があるといえそうだ。「京」の産業利用では、合成ゴムメーカーのJSRと日本ゼオンも、今年度下半期の追加募集でタイヤ向け材料開発の課題が採択されており、早期に成果があがることが期待される。

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<関連リンク>:

CPMD(トップページ)
http://www.cpmd.org/

OCTA(トップページ)
http://octa.jp/

高度情報科学技術研究機構(トップページ)
https://www.hpci-office.jp/


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