CCS特集2013年冬:総論 技術動向
次世代スパコンで待望のブレークスルー、先端研究基盤で共用化
2013.12.05−コンピューターケミストリーシステム(CCS)の利用環境として、HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)が注目されている。「京」や「TSUBAME」といったスーパーコンピューターの産業界への開放が進んでいるためだ。文部科学省が「京」を中核に全国の大学などの計算機センターを結んだHPCI(革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ)を年間150億円以上の予算を投入して整備しているほか、ポスト「京」のエクサスケール次世代スパコン開発を目指すプロジェクトも来年度からスタートする。「京」などの産業利用枠として採択されているテーマには、創薬や材料シミュレーションなどCCS関連の課題が多く、民間では手が出せなかった高速・大規模計算を実行することによる画期的なブレークスルーが期待されている。
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◆◆材料設計など加速する産業利用◆◆
現在、国のスパコンを企業が利用する方法はいくつかあるが、「特定先端大型研究施設の共用の促進に関する法律」に基づいて理化学研究所・計算科学研究機構が保有する「京」を利用することが可能。特定先端大型研究施設には大型放射光施設「SPring-8」やX線自由電子レーザー施設「SACLA」、大強度陽子加速器施設「J-PARC」などが含まれているが、スパコンはHPCIの中核マシンである「京」だけが登録されている。
また、「先端研究基盤共用・プラットフォーム形成事業」の枠組みで、東京工業大学の「TSUBAME」と海洋研究開発機構の「地球シミュレータ」にも産業利用枠が設定されている。この2機については、利用者情報や成果を非公開にできる有償利用制度も設けられている。
このほか、HPCIを構成する機関のうち、北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、大阪大学、九州大学が保有するスパコンにも産業利用枠があるが、HPCIの範囲ではこれまでのところ企業の利用はほとんどが「京」となっている。このため、現在産業界で主に使用されているスパコンは「京」「TSUBAME」「地球シミュレータ」の3機ということになるだろう。
このうち、「京」の共用は2012年度からスタートしたが、当初からCCS関連での利用が多かった。これは、HPCIの戦略5分野のうち、分野1「予測する生命科学・医療および創薬基盤」と分野2「新物質・エネルギー創成」がCCSに関係しているため。2012年度実績では、選定された課題のうちバイオ・ライフが31%、物質・材料・化学が28%と、CCS関連で過半数を占めた。
2012年度の産業利用からCCS関係と思われる実施機関を抜き出すと、大日本住友製薬、第一三共、アスムス、武田薬品工業、住友化学、住友ゴム工業、東洋紡績、日東電工、ブリヂストン、富士フイルム、東洋ゴム工業、昭和電工などがある。
2013年度は課題名も公表されており、同様に抜き出すと、産業利用トライアルユースで「ナノ粒子系の逆モンテカルロシミュレーション」(住友ベークライト)、「高分子材料の自己組織化の大規模シミュレーション」(日本ゼオン)、「100ナノスケール材料の電子構造に関わる超大規模並列計算に関する研究」(ヒューリンクス)、「第一原理計算によるトライアル材料解析」(昭和電工)、産業利用(実証利用)で「大規模粗視化MDシミュレーションを用いた次世代高機能ポリマー材料の開発」(JSR)、「ミクロ相分離構造を有する高分子材料の物理的性能の解明」(日本ゼオン)が採択された。
ざっと見渡すと、2012年度はライフサイエンス系の課題が、2013年度はマテリアルサイエンス系の課題が多かったと考えられる。
2014年度の応募は11月に締め切られたが、全体で提供可能な資源量の2.5倍にのぼる要求があった。とくに、産業利用への応募が増加し、前年度の27件に比べて、約1.6倍の42件の応募が寄せられたという。
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一方、「TSUBAME」については、産業利用としては有償利用制度と無償利用制度の両方があり、無償利用はトライアルユース(成果公開)、有償利用は成果公開と成果非公開の2種類が用意されている。産業利用は2007年度から行われているが、2012年度からはアプリケーションも無償で使用できる商用アプリバンドル型トライアルユースが新設された。高価な商用ソフトを調達する必要がないため、企業でのスパコン利用を促進するとして設けたもの。現在はCAE関係のアプリケーションが中心だが、無償で利用できるソフトを徐々に増やしていく方針である。
「TSUBAME」の産業利用は長く行われているためこれまでに採択された課題はかなりあるが、その中からCCS関連をピックアップしてみよう。2007年度は「巨大生体分子の非経験的分子軌道法による設計指針構築」(三菱化学)、「たん白質一次構造の網羅的解析による創薬技術の開発」(ライフィクス)、「コンピュータ支援によるポリアミン誘導体医薬品の開発」(アミンファーマ研究所)、「CONFLEXを用いた配座探索および結晶多形解析」(コンフレックス)、「機能性無機材料の光学的電子的特性と構造設計の研究」(住友化学)、2008年度は「たん白質−化合物間の高精度結合自由エネルギー計算」(富士通)、「ナノ構造設計に基づく機能性無機材料の開発」(住友化学)、「新規材料開発のためのオーダーN法による金属酸化物表面の第一原理シミュレーション」(アクセルリス)、「遷移金属錯体触媒を用いたC-Cカップリング反応メカニズムの理論研究」(住友化学)、「生体高分子用シミュレーションソフトウェア DS CHARMmの大規模系における並列性能評価」(サイエンス・テクノロジー・システムズ)、2009年度は「遷移金属錯体触媒を用いたカップリング反応メカニズムの理論研究」(住友化学)、「機能性有機分子の安定性に関する最適化設計の研究」(太陽誘電)、「排ガス浄化触媒材料開発における第一原理シミュレーション」(日産自動車)、「酸化物分散強化鋼の密度汎関数理論による界面エネルギー計算」(コベルコ科研)、「リチウムイオン二次電池正極の材料設計」(アドバンスソフト)、「素反応過程を考慮した燃焼のシミュレーション技術の開発」(爆発研究所)、2010年度は「Li-グラファイト層間化合物のステージ構造変化に関するハイブリッド量子古典シミュレーション」(豊田中央研究所)、「強誘電体電子材料の電子物性発現に関わるナノレベル構造設計シミュレーション」(太陽誘電)、「分子動力学計算ソフトウェアNAMDのGPGPU大規模並列環境における性能評価」(フィアラックス)、「素反応過程を考慮した燃焼のシミュレーション技術の開発」(爆発研究所)、「GaussianとGAMESSの実行を支援するGUIソフトの開発」(テンキューブ研究所)、2011年度は「量子化学計算を活用した企業研究の効率化」(出光興産)、「メソ構造を持つ高分子材料のマルチスケールシミュレーション」(日本ゼオン)、「GaussianとGAMESSの実行を支援するGUIソフトの開発」(テンキューブ研究所)、2012年度は「リガンドベースの仮想スクリーニングシステムの大規模システムによる実用実験」(ヒューリンクス)、「密度汎関数法を用いたエンジニアリングプラスチックの熱劣化反応解析」(日立化成)、「企業研究における大型計算機活用の促進」(旭硝子)、「企業の材料開発における計算化学の活用促進」(豊田自動織機)、2013年度は「リチウムイオン二次電池正極材料の第一原理計算」(古河電気工業)、「無機材料開発への第一原理計算の活用」(ニコン)、「企業研究におけるHPC活用の促進」(旭硝子)。
また、有償利用は2009年度から実績があり、CCS関連の課題(成果公開型)を同様に取り上げると、2009年度は「CUDAを用いたフラグメント分子軌道法の高速化」(クロスアビリティ)、2010年度は「理論計算に基づく有機半導体材料の開発」(住友化学)、「分子シミュレーションによる高分子中の水と低分子拡散挙動の研究」(日東電工)、2011年度は「拡張アンサンブルシミュレーションによるたん白質とリガンドの結合構造予測法の開発」(武田薬品工業)、「理論計算に基づく有機半導体材料の開発」(住友化学)、「高分子中における低分子拡散挙動のシミュレーション」(日東電工)、2012年度は「Liイオン二次電池負極/被膜界面におけるLi脱挿入過程に関するハイブリッド量子古典シミュレーション」(豊田中央研究所)、「理論計算に基づく有機半導体材料の開発」(住友化学)、2013年度は「電子デバイス材料の計算機設計」(太陽誘電)、「拡張アンサンブルシミュレーションによるたん白質とリガンドの結合構造予測法の開発」(武田薬品工業)、「Liイオン二次電池負極/被膜界面におけるLi脱挿入過程に関するハイブリッド量子古典シミュレーション」(豊田中央研究所)、「理論計算に基づく有機半導体材料の開発」(住友化学)となっている。成果非公開型の有償利用でもCCS関連と思われる案件はいくつもあり、2013年度も信越化学工業とクレハが成果非公開で利用中だ。
「地球シミュレータ」は最近では環境関連の用途が中心になっており、CCS関連での利用は減ってきているが、それでも2013年度に進行中の課題として、「第一原理計算および分子動力学を用いた自動車用次世代電池の反応解析」(日産アーク)、「環境負荷低減に向けたナノカーボン材料に関する大規模シミュレーション」(日本ゼオン)が含まれている。
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◆◆1,200億円で次世代機、3グループが技術検討◆◆
文部科学省は、ポスト「京」の次世代スパコン開発プロジェクトを来年度からスタートさせる。2020年ごろまでに「京」の100倍の計算性能を持つ“エクサ級”スパコン開発を目指すもの。総事業費は1,200億円程度と見積もられており、初年度には約30億円が投じられる。(注:12月24日に予算案が閣議決定され、実際には12億円が計上された)
1990年代半ばまでは、世界全体の計算能力に占める割合として、米国が4割、日本が3割というかたちで、日本も主導的な地位についていた。しかし、その後は中国の台頭などもあり、現在の国別計算能力のシェアは米国48%、中国21%、欧州16%、日本9%となっている。「京」を擁してなお1割を切るのが現状であり、このことからも次世代機の開発を急ぐ必要性を理解することができるだろう。
さて、本プロジェクトの実施を控え、昨年から今年にかけて3つのグループ(東大グループ、筑波大グループ、東北大グループ)による次世代アーキテクチャー検討が進められた。東大グループは、東京大学を中心に、九州大学、富士通、日立製作所、NECが参加。筑波大グループは筑波大学が代表となり、東京工業大学、理化学研究所、会津大学、日立製作所が加わった。東北大グループは、東北大学と海洋研究開発機構、NECが共同で取り組んだ。それぞれ異なるアプローチで次世代スパコンのデザインに挑んでいる。
東大グループのマシンは、方向性としては「京」の後継機。東京大学に設置されている「京」と同系の富士通「FX10」を利用し、アプリケーション対応と想定性能のチューニング作業も進めた。基本的に、FX10のプロセッサーをベースにしたメニーコア化、SIMD化、通信機構の高度化を行うことを前提にしている。全体の10分の1から1,000分の1の資源を消費するジョブを複数同時実行して全資源を使い切る形態で最大のパフォーマンスを得ることを想定したもの。
ターゲットアプリケーションとしては、磁性材料の物性予測を行う虚時間経路積分に基づく量子モンテカルロ法「ALPS/looper」、次世代ナノデバイス材料の量子力学的第一原理計算を行う実空間差分法「RSDFT」、天気予報の精度を高める正20面体分割格子非静力学大気モデルシミュレーション「NICAM」、海洋変動予測の「COCO」となっている。
東大グループのマシンは、「京」の延長でエクサスケールを達成できる最も無難なデザインであるといわれている。
これに対し、筑波大グループのマシンは、電力消費を抑制しつつエクサスケール達成には、演算に特化した加速機構が必要だとしており、GPGPU型スパコンに近い考え方となっている。メインプロセッサーは汎用品を使い、演算加速機構には1チップに4,096プロセッサーエレメント(PE)を搭載、PEごとに128キロバイトのメモリーを直結させる。つまり、少ないメモリー使用で強スケーリングする問題に適したアーキテクチャーとなるわけで、ある程度は汎用性が犠牲になってしまう。1990年代初頭にはやったシンキングマシンズやマスパーといったSIMD型マッシブリーパラレルマシン(MPP)の系譜を継ぐともいえるということだ。
アプリケーションとしては、素粒子分野の格子QCD、宇宙物理分野の重力多体計算と磁気流体計算、生命科学分野の分子動力学、地球物理分野の地震波計算の5つをターゲットにしている。
筑波大グループのマシンは性能は出るが、アプリケーションを移植しやすくする工夫が課題になるとみられている。
一方、東北大グループのマシンはメモリーバンド幅を高めることを第一とし、超並列に頼ることをできるだけ抑え、幅広いアプリケーションで高い実行性能を得ることを目標にしている。具体的には、地震・津波・気象などの総合防災アプリケーション、ものづくり革新のためのマルチフィジックス/マルチスケールシミュレーションがターゲットになっている。
ハードウエア面では、実効メモリーバンド幅が2バイト/FLOP(演算命令当たりのメモリーアクセスデータ量)になることを目指し、新デバイス技術によるメモリー設計、オンチップベクトルロードストアユニットの概念設計を行った。とくに、高いメモリーバンド幅の実現に向けて、汎用の3次元積層型メモリーを用いることや、2.5次元積層技術と3次元積層技術を組み合わせた5.5次元メモリーモジュールのカスタム設計も検討している。
このグループのマシンはいわゆるベクトル型であり、「地球シミュレータ」の後継といった意味合いが強い。想定性能は100ペタFLOPSと、エクサスケールには1ケタ届かないが、使いやすく十分に速いため実行性能で勝負したいとしている。
次世代スパコン開発の本プロジェクトに向けては、3グループの案のどれかが選ばれるというわけではないようだが、これらを踏まえて次世代スパコンのアーキテクチャー検討が行われると考えられる。いずれにしても、詳細が明らかになる日が待たれるところだ。