「OCTA」プロジェクトリーダー:土井正男教授インタビュー
高分子材料のメソ領域シミュレーションで功績、初の活用事例集を出版
2014.03.18−経済産業省プロジェクトで開発された高分子材料設計のためのシミュレーションシステム「OCTA」の産業界での利用が広がっている。開発から10年以上がたつが、ボランティアベースで1〜2年おきにバージョンアップが続けられているほか、新化学技術推進協会(JACI)の高分子シミュレーション技術セミナーとして、企業の実際の研究テーマに則した活用を目指すワークショップ活動が展開されてきた。そしてこのほど、初めての書籍として「高分子材料シミュレーション OCTA活用事例集」(JACI編)が出版された。プロジェクトリーダーを務めた北京航空航天大学の土井正男教授(東京大学名誉教授、名古屋大学名誉教授)にOCTAのこれまでとこれからについての思いをうかがった。
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経済産業省の大学連携型プロジェクト「高分子材料設計プラットフォームの開発」(通称・土井プロジェクト)は、2002年3月までの4年間、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から化学技術戦略推進機構(JCII、現JACIに一部統合)が委託を受けたかたちで実施され、名古屋大学(当時)の土井教授のもとに参加企業11社と4大学の研究員が集まって開発が進められた。
OCTA全体は、高分子のさまざまな現象を扱うための計算エンジンと、それを統合するプラットホームとなるGUIソフト「GOURMET」から構成される。エンジンとしては、粗視化分子動力学シミュレーター「COGNAC」、密度汎関数法シミュレーター「SUSHI」、レオロジーシミュレーター「PASTA」と「NAPLES」、多相構造シミュレーター「MUFFIN」、コロイド・微粒子分散系シミュレーター「KAPSEL」が利用可能。
用途としては、プラスチックやゴム・エラストマーの材料設計を対象にしているほか、薄膜・界面、溶液(吸着・分散・会合)、機能性膜/フィルムの問題を扱うことができる。
プログラムはフリー版としてすべて公開されており、無償でダウンロードできるほか、サポート付きの商用版がJSOLから提供されている。
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− OCTA公開から12年がたちます。とくに、OCTAの最大の功績は、ミクロとマクロの中間のメソ領域に光を当てたことですね。
「当時の高分子シミュレーションは、原子・分子レベルの現象を対象にしたミクロ領域と、成形品の構造を解析するマクロ領域に二極化しており、その中間(メソ領域)の広大な時間スケール/空間スケールを埋める計算手法が欠落していた。それで、ミクロ/メソ/マクロの各階層を自由に行き来して、任意のスケールの現象に対して仮想実験を行う“シームレスズーミング”という概念を提唱し、異なるスケールの問題を扱う複数の計算エンジンを連携させることでそれを実現しようとした」
− シームレスズーミングは、土井プロジェクトの目標を指し示すとてもわかりやすいキーワードでした。
「いまでこそ、最終的な材料としての機能や物性を引き出すためには、メソ領域をどう制御するかが重要だと認識されているが、当時はきちんとした理論もなく、大学教育でも取り上げていない部分だった。それに、シームレスズーミングは遠大なる最終目標であり、実際のプロジェクトの成果をどこに着地させるかということが最大の悩みだった」
− それが、異なるスケールの計算エンジンを連携させるプラットホームづくりということですね。
「一般に計算エンジンが違えばファイル形式やデータ構造も異なっており、相互連携は基本的に困難。また、単一のエンジンを使うだけなら出てくる数値はどんな単位でもいいが、そのエンジンの出力を理解して別のエンジンに計算を引き渡すとなると、単位の変換が大きな障害になる。それを解決するために考えたのが“UDF”というファイル形式だ。振り返ると、UDFでプラットホームをつくるという具体的な開発目標が定まるまでが一番の苦労だった」
「実のところ、メソ領域の研究はフロンティアであり、いろいろと興味深い研究テーマが次々に出てきた。しかし、これは経産省プロジェクトなので、形のある成果を残さなければならないという思いが強かった。それで、ソフト開発に集中して進めたことが結果的には良かったと思う」
− プロジェクト最終成果の2002年版が公開されたあと、2003年版、2005年版、2006年版、2007年版、2010年版、2013年版とバージョンアップが続いています。現在までのOCTAの歩みをどう評価していますか。
「ボランティアのユーザーズグループがホームページを運営し、掲示板への質問の回答、プログラムのバグフィックスや新機能の開発など、献身的な働きを続けてきてくれたことについては、どれほど感謝しても足りないという気持ちだ。こんなことは世界的にも例がないのではないか。また、企業の研究者を対象にした利用法についてのJACIワークショップも(前身の新化学発展協会時代から)10年にわたって継続しており、優秀なリーダーが育ってきていると聞いている」
− OCTA以降、外国製のソフトもメソ領域に注目し、かなりOCTAに追いついてきたように思います。外国製品との比較についてどう思っておられますか。
「開発当時、OCTAは世界に打って出て勝負できるソフトだと思っていたし、それだけの先進性があった。その意味で、これは反省を込めてだが、OCTAの世界戦略をもっと明確に推進するべきだった。プロジェクト中に海外の研究機関を訪れた際にOCTAの紹介はしたが、継続的なアプローチが足りなかったようだ。ソフトの競争は厳しい。世界の中で生き残っていくためにはやはり国際化が不可欠だ。現在、LAMMPSやGROMACSといった海外のエンジンを連携させる計画があるようなので、今後の取り組みに期待したい」
− 海外のソフトも出てきた中で、OCTAの優位性はどこにありますか。
「個々の計算エンジンだけで比べると、外国製の方が優れている場合もあるだろうが、OCTAは多様なエンジンを選択・活用できるプラットホームなので、高分子シミュレーションに取り組む入り口としての最初の選択肢になると思う。まずは、OCTAの中でいろいろと試してみてほしい」
− 今回、OCTAの初めての書籍である「高分子材料シミュレーション OCTA活用事例集」が化学工業日報社から出版されました。感想はいかがですか。
「これはまさに集大成であり、感無量だ。ボランティアによるユーザーズグループの活動とJACIのワークショップを通じて、実用的な事例が積み重なり、書籍にまとめ上げることができた。すでに述べた海外展開をはじめ、並列化への対応や、“京”のようなスーパーコンピューターとの連携など、OCTAの発展の余地はまだまだあると思っている。今回の書籍が、OCTAの次のフェーズへのきっかけになればと願っている」
− ありがとうございました。最後に、あらためてプロジェクトを振り返ってみて、最も印象に残っていることは何ですか。
「プロジェクト半ばで、住友化学の吉田元二さんが亡くなられたことだ。プロジェクト発足に最も尽力された方で、グループの精神的な支柱だった。わたし自身も、困ったことが起きると真っ先に吉田さんと相談した。プロジェクトではたくさんの方にお世話になったが、やはり一番頼りにしたのは吉田さんだ。今回の書籍は、あらためて吉田さんに捧げたいと思う」
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<関連リンク>:
OCTA(トップページ)
http://octa.jp/
化学工業日報社(出版物紹介のページ)
http://www.chemicaldaily.co.jp/pub/index.html