2015年冬CCS特集:第1部総論(業界動向)

コア技術生かし独自色を発揮

 2015.12.03−コンピューターケミストリーシステム(CCS)は、医薬・化学・材料などの研究開発を支援するIT(情報技術)ソリューション。最近の傾向としては、生命科学分野は情報や知識の共有を目的としたインフォマティクス系のシステムが市場を牽引しており、海外のパッケージベンダーと国内のシステムインテグレーターがタッグを組んでエンタープライズクラスのソリューションを構築・提供している。一方、材料科学分野は分子動力学計算や量子化学計算を中心にしたモデリング&シミュレーションが注目されており、この市場では海外のソフトだけでなく、国産ソフトも一定の存在感を発揮している。そうしたなか、CCSベンダー各社はそれぞれのコアとなる技術の強みを生かして、独自色を強く打ち出そうとしている。

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◆◆生命科学市場◆◆ 新興勢力が対日戦略を強化/欧米のM&A熱は一服

 欧米のCCSベンダーは、大きくインフォマティクス系とモデリング系に分かれるが、モデリング系は、パッケージソフトの販売がメインであり、市場規模は比較的小さい。米シュレーディンガーや米オープンアイなどの大手もあるが、英国など欧州を中心に独自の技術力を生かした小規模なベンダーも数多く活動している。

 一方、インフォマティクス系はここ数年で大規模な買収・合併、再編が進み、ダッソー・システムズ・バイオビアやパーキンエルマーなどの大手が市場を押さえる構図となっている。製薬企業の化合物データベースなどのプラットホームの更新需要で新興勢力の台頭も著しいが、今年については買収・合併の目立った動きはみられなかった。この分野はシステムがエンタープライズクラスとなるため、市場規模も大きい。

 とくに、昨年から今年にかけては海外勢の対日戦略の強化が相次いだことが特筆される。現在、バイオビアはCTCライフサイエンス(CTCLS)をメインのパートナーとして創薬研究から開発領域までの幅広いインフォマティクスソリューションを提供。パーキンエルマーは電子実験ノート(ELN)や分析器との連携などを強みにしており、ELNでは富士通をパートナーとして国内トップの導入実績を築いている。

 これに対し、米国で新興のアークスパンが昨年5月に日本オフィスを開設して、初めて日本市場に進出した。また、英国のドットマティックスは今年の春に日本支店を正式に設立し、日本での事業体制を強化している。新たに民間向けをシーエーシー(CAC)グループ、大学・官公庁向けで菱化システムをパートナーとしたもの。さらに、欧州で実績豊富なケムアクソン(ハンガリー)の国内事業体制も大きく変わった。総代理店を務めているパトコアが、今年1月にシステムインテグレーターであるマネージメントサービス(MSC)の100%子会社となり、新しく富士通をパートナーに起用したのである。

 こうした一連の動きの背景には、“ポストISIS”と呼ばれる更新需要の獲得競争がある。「ISIS」は米MDL(現バイオビア)が1991年に発売した化合物データベースシステムで、いまだに多くのユーザーで現役として使われてきているが、そのサポート期限がいよいよ来年7月に迫ってきたのである。“ポストISIS”は2000年代半ばにも一時期盛り上がったが、今回はバイオビアが正式に期限を示したことで、ついに切り替え需要が本格化するといわれている。

 ISIS自体はオラクルのリレーショナルデータベースを採用したクライアント/サーバー型のシステムで、後継製品として当時の標準だった3層アーキテクチャーを取り入れた「Isentris」が2004年に登場、さらに2013年になって旧アクセルリスが「Insight」を市場に投入している。

 このように、後継製品があるのにもかかわらずいまだにISISが使われているのは、製薬企業にとって非常に使いやすいシステムだったためである。とくに、“ISISローカルDB”と呼ばれる機能が好まれ、高く評価された。これは、合成研究者がプロジェクトベースでアッセイ情報を管理できる機能で、画面設計が自由に行え、プロジェクトデータをまとめてファイルに保存することができた。利用時にはダブルクリックで簡単に開くことができ、複数のユーザーが同時にオープンできるなど使い勝手が良かった。後継製品は、この機能をうまく再現できなかったため、いまだにISISローカルDBが使われているわけだ。

 ISISローカルDBはオラクルを使用したマスターのデータベースシステムではない。マスター系は後継のIsentrisや、中核のケミストリーエンジンを採用して自社開発のシステムに移行したユーザーが多いが、ローカル系にISISが残ってしまったというのが現在の状況である。つまり、“ポストISIS”はケミストリーエンジンを含めたマスター系のリプレースと、ローカルDBの置き換えとの2種類のマーケットを形成している。

 稼働中のISISローカルDBを置き換えるだけでも大きな市場になるが、マスターデータベースを自社のプラットホームにリプレースできれば、ELNをはじめとして各種のアプリケーションを連携・統合させることができるので、ベンダーからみた将来性・発展性はかなりの魅力である。実際には、使用中のハードウエアの更新に合わせて入れ替えが進むとみられるが、今後数年間は、“ポストISIS”の動向から目が離せない。

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◆◆材料科学市場◆◆ スパコン活用で成果/材料インフォで国プロ始動

 材料モデリング市場が成長しているのは、材料設計の微細化にともない、計算で実用的な物性予測が可能になりつつあるたため。日本の特定先端大型研究施設であるSPring-8/SACLAなど、計測技術も進歩して、ナノスケールのオーダーで計算と実験の結果がかみ合うようになってきたことも大きい。

 材料科学系のモデリング&シミュレーションシステムを手がけるベンダーは、生命科学系に比べると数が少ない。最大手は統合ソフトの「マテリアルスタジオ」を開発しているバイオビアだが、米マテリアルズデザインや仏サイエノミクス、蘭シュルギ、デンマークのクオンタムワイズなどのベンダーも成長してきた。また、生命科学系モデリングで実績のある米シュレーディンガーも数年前から材料系市場に参入している。

 国内の材料系CCSベンダーは、バイオビアとシュレーディンガー、クオンタムワイズの日本法人のほか、菱化システムがマテリアルズデザイン、サイエノミクス、シュルギ、アフィニティサイエンスが「WIEN2k」「SIESTA」などの大学発シミュレーションエンジンの輸入販売を行っている。国産ソフトもいくつかあり、外部の計算エンジンを組み込むプラットホーム型のシステムとして、富士通の「SCIGRESS」やJSOLの「J-OCTA」、アドバンスソフトの「Advance/マテリアルデザインシステム」、伊藤忠テクノサイエンスの「Nanoveats」、アスムスの「matelier」などが商用ソフトとして販売されている。

 また、スーパーコンピューター「京」を中心とする文部科学省「HPCI戦略プログラム」に関連した計算物質科学イニシアティブ(CMSI)が「MateriApps」を無償で提供中。これは、USBメモリーの中にLinuxのDebianや可視化ツールがインストールされており、PCに差し込むだけで独立して材料シミュレーション環境を手軽に利用することができる。いくつかの計算エンジン(フリーソフト中心)がバンドルされているほか、HPCIを構成するスパコンに接続してオンラインで利用することもできる。

 材料分野で利用される計算エンジンの中で、国産で定評があるのが「OCTA」と「PHASE/0」。それぞれ、経済産業省および文部科学省のプロジェクトで開発されたプログラムで、OCTAは高分子材料、PHASE/0は電子材料の開発で多用されている。

 これは、「京」などのスパコンが産業利用のために開放され、民間での活用が進んできていることと関係があるだろう。国のスパコンなので、国産フリーの計算エンジンが移植しやすい環境にあると考えられる。とくに、スパコンを利用しているため、世界をリードするような大規模で先端的なシミュレーションの実施例が多い。「京」の後継機開発もスタートしているが、ターゲットアプリケーションとして材料分野が引き続き設定されており、今後も目覚ましい成果が期待されよう。

 一方、来年に向けて材料分野で注目されるのが“材料インフォマティクス”の動きである。物質・材料研究機構(NIMS)が科学技術振興機構(JST)の支援を得て推進する「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ」(MI2I、エム・アイ・スクエア・アイ)が今年7月からスタートし、9月にはキックオフミーティングが開催された。

 これは、2011年に米国のオバマ大統領の旗振りで開始された「マテリアルゲノムイニシアティブ」を参考に、日本独自の取り組みとしてスタートしたもので、材料科学に関するビッグデータを集め、データ駆動型の材料研究を推進するためのプラットホームづくりが目的となっている。早期の実用化を前提に、電池材料や磁性材料、蓄熱材料といった具体的なターゲットを定めており、来年度からは民間企業の参加を募るコンソーシアム方式での開発にも取り組む計画である。

 米国のマテリアルゲノムイニシアティブには2億5,000万ドル余りの予算が投入されたとされ、米国立標準技術研究所(NIST)やノースウェスタン大学などが中核拠点になっている。計算科学にデータベース技術、材料高速合成技術、高速評価技術を融合して進める新しい材料開発の試みとして、すでにいくつかの成果が出ているといわれる。

 日本のMI2Iプロジェクトの予算は5年間で20億円ほどであり、米国に比べてかなり小さい。ただ、「京」をはじめとする特定先端大型研究施設の材料開発基盤は世界レベルのものであり、その成果は十分に期待できるといえよう。スパコンによる材料シミュレーションと、ビッグデータを活用した材料インフォマティクスの両輪が揃うとき、どのようなイノベーションが生み出されるか注目したい。


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