CCS特集2016冬:第1部総論 業界動向

生命科学・材料科学のイノベーションを支援

 2016.12.06−コンピューターケミストリーシステム(CCS)は、新薬開発を中心とする生命科学と、自動車や電子材料などに使われる機能材料創出を目指す材料科学分野のイノベーションを支援するソリューションで、モデリング&シミュレーションやインフォマティクスなど、幅広いテクノロジーをベースにさまざまな製品が提供されている。市場では海外のベンダーが強いが、とくに生命科学分野ではウェブやクラウドを基盤として、それらの環境をフル活用するシステム群が急速に浸透してきている。海外ベンダーは、国内市場でもウェブ/クラウドの利点を前面に押し出してきており、今後国内でもこの流れは確実に定着しそうだ。

                    ◇       ◇       ◇

海外ベンダー・新興勢力が台頭、ウェブ/クラウドが主流に

 海外のCCSベンダーは、2014年ごろまでに大規模な再編が進み、インフォマティクス系の大手だった旧ケンブリッジソフトを中心に、ラボラトリーオートメーション分野のベンダーを束ねたパーキンエルマー、モデリング&シミュレーションとインフォマティクス系のベンダーが多数合併してできた旧アクセルリスを傘下に収めたダッソー・システムズの2社が台頭。パーキンエルマーはインフォマティクス事業部を設立し、ダッソー・システムズはダッソー・システムズ・バイオビアというかたちで別会社化を図るなど、組織のかたちは違うが、巨大資本のもとでCCS事業が運営されるというスタイルに収まっている。

 化合物データベースや電子実験ノートブックなどのインフォマティクス系では、この2大ベンダーが一時は市場を押さえたが、ここ数年で欧州勢が勢力を伸ばしてきており、業界の勢力図はここへ来て若干の揺らぎをみせている。

 とくに勢いがあるのが、ケムアクソン(ハンガリー)と英ドットマティクスである。ケムアクソンは化学構造をデータベースなどで扱うためのケミストリーエンジンで実績を伸ばし、それをテコに主戦場のアプリケーション領域でも幅広いソリューションを築き上げてきている。ドットマティクスは完全ウェブベースのアーキテクチャーを強みに、TCO(総所有コスト)の圧倒的な低さで受注を重ねている。旧来のシステムでは、バージョンアップなどの作業に多くの時間とコストがかかるが、それらを劇的に削減できるという。また、新進のベンダーである米アークスパンは、アプリケーションのすべてをクラウドで提供しており、その先進性で注目を集める存在となっている。

 バイオビアとパーキンエルマーはこれらの新興勢力を尻目に、むしろ新しい領域への進出に力を入れているのが現状。バイオビアは、創薬研究領域から新薬開発領域へとソリューションの川下展開を図り、製造や申請にともなう当局の規制に対応したコンプライアンス関連のシステム化への取り組みを強めている。パーキンエルマーは、データ解析ツールSpotFire(ティブコ社)の販売権を持つことを武器に、臨床研究のデータ解析などを通じたトランスレーショナルリサーチ分野でのビジネスを強化している。

 これらの海外ベンダーに共通するのが、ウェブ環境やクラウドサービスを重視する考え方だ。とくに、ひとつの製薬会社の中で研究から開発までが完結する時代は終わったといわれており、いまや創薬ではアカデミアやベンチャーとの連携、開発ではCRO(医薬品開発受託機関)などの外部機関との連携が欠かせない。ウェブベースのシステムは、オンプレミスでもクラウドでも共通に動作するうえ、端末側のOS(基本ソフト)にも束縛されないことが多いため、社内・社外の組織を横断して研究開発を行うのに適したプラットホームになっている。とくに、電子実験ノートはもはやこうした要件への対応が必須だといえる。

 一方、モデリング&シミュレーションでもクラウドへの動きが強まっている。計算の高精度化を一段と推し進めるため、大量の計算パワーをクラウドで調達しようというわけだ。一例をあげると、シュレーディンガーはこのほどユニークなライセンスの提供をはじめた。タンパクとリガンド間の結合自由エネルギーを予測する「FEP+」はGPU(グラフィックプロセッサー)での高速計算が必要であるため、ユーザーが稼働環境を用意するのにコストがかかる。そこで、同社では通常のライセンスに加え、100化合物を解析し終わるまで利用できるなどの従量課金型ライセンス、同社のデータセンターのGPUを自由に使用できるクラウドサービス型ライセンスを新たに提供することにした。

 計算化学を対象にしたクラウドサービスは、富士通が「TCクラウド」、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)が「Rescale」などとして提供しているが、国内ではまだ実績は少ないとみられている。ただ、スーパーコンピューター「京」を中心に、産業界が利用できる高速計算環境を国が整備したことで、大規模計算への需要が高まってきているのは確かである。今後、国の施設でトライアルユースしたあと、本格的な計算でクラウドの計算リソースを活用したいというニーズが増える可能性は大きいといえるだろう。

                    ◇       ◇       ◇

国内ベンダー・材料系で新規導入活発、大型専門ベンダー誕生も

 国内のCCSベンダーは、海外製品を商社的に扱って多数の製品ポートフォリオを抱える大手のベンダーと、独自技術を生かして自社パッケージ開発に取り組む比較的小規模のベンダーに分かれている。

 インフォマティクス系では、おもにCTCライフサイエンスがバイオビア、富士通がパーキンエルマー、パトコアがケムアクソンと組むかたちだが、菱化システムも複数のベンダーの製品を扱っている。富士通はシステムインテグレーターとしてパトコア(ケムアクソン)とも提携しているが、一般のシステムインテグレーターのなかでは新日鉄住金ソリューションズやシー・エー・シーなどがCCS分野で多くの実績を築いている。

 生命科学分野のモデリング&シミュレーションも海外ベンダーが強い。バイオビア、シュレーディンガー、オープンアイなどが日本法人を設けているが、それ以外の海外製品を販売する国内ベンダーも多い。この市場はかなり成熟してきており、ユーザーは複数のベンダーの製品を購入して使い分ける傾向が強かったが、大手ベンダーが製品の多機能化・統合化を進めていることを背景に、コスト削減の観点からベンダーを統一する動きが出てきている。このため、今後はベンダー間のリプレース合戦が強まるとも予想される。

 これに対し、材料科学分野のモデリング&シミュレーションは、新規導入が活発化している。パッケージ製品は、バイオビアやシュレーディンガー、マテリアルズデザイン、サイエノミクスなどがソリューションを出しているが、使用する計算エンジンはフリーのアカデミックコードが多いため、それらを統合して使うプラットホームタイプのソフトが主流になっている。また、国内では、日本で開発された計算エンジンも広く使われつつある。

 国内ベンダーの中には基礎的な計算化学技術を受託計算/受託研究のスタイルで提供するところもあるが、それらの応用分野は材料科学関係が増えてきている。自動車材料や電子材料関連で、新たに計算化学に取り組みたい企業が出てきており、それらの新規需要の受け入れ先となることで実績を伸ばしているベンダーも多い。

 さて、国内CCS市場もすでに30年を超える歴史があるが、古株でいまも事業を続けているのが富士通、CTCライフサイエンス、菱化システムの3社。1980年代に化合物データベースシステムをメインフレーム(汎用機)で動かすために富士通が、スーパーミニコンで動かすために伊藤忠商事系列のCTCが進出した。各社とも取り扱い製品のさまざまな紆余曲折を経て現在にいたっているが、最近の動きでは2014年4月にCTCライフサイエンスが社名変更して現在の体制になった。

 それに続き、今回、菱化システムのCCS事業体制が大きく変わることが明らかになった。来年4月1日付で、新しく設立した「モルシス」にCCS製品の販売・サポートをほぼそっくり移管する。新しいモルシスの筆頭株主は加ケミカルコンピューティンググループ(CCG)で、CCGの日本法人という位置づけにもなるが、菱化システムが扱っている20社ほどの他社製品も並行して販売することで、各ベンダーおよびCCG側と合意が得られている。人員もほぼモルシスに引き継がれるため、ユーザーからみた体制はいまとほとんど変わらないようにしたいということだ。ただ、資本関係はなくなるため、菱化システムとしては同事業から手を引くというかたちになる。来年3月末までは菱化システムがこのまま事業を継続し、その間のライセンス契約はすべてモルシスに継承される。

 菱化システムは、三菱化学の子会社で、1987年9月に当時バイオシム製品(現バイオビア)の総代理店だった三菱商事とタイアップしてCCS事業に進出。1991年4月にバイオシムの総代理店となり、以後は生命科学と材料科学の両分野をカバーし、モデリング&シミュレーションとインフォマティクス系の両方を手がけるベンダーとして、国内のCCS市場をリードしてきた。CCG社との関係は1997年9月からで、長年の信頼関係の厚さが今回の新会社設立につながったようだ。

 ともあれ、国内のCCS業界としては久しぶりの大型専門ベンダーの誕生であり、来年度に向けて市場全体が活気づくことを期待したい。


ニュースファイルのトップに戻る