CCS特集2016冬:第2部総論 材料インフォマティクス
材料開発を革新するデータ駆動型手法に注目、3つの国家プロジェクトが始動
2016.12.06−材料インフォマティクス(MI)をめぐる国内の取り組みがいよいよ本格化した。国家プロジェクトが相次いでスタートし、産官学すべてを巻き込んだオールジャパン体制での開発が進んでいる。これまでの材料研究は、作成した物質・材料の構造や機能を調べる演繹的/順問題的な方法で行われていたが、材料インフォマティクスは膨大なデータを解析することで帰納的/逆問題的な研究方法を具体化しようというもの。望ましい機能・物性を備えた物質・材料を直接設計するための指針が得られると期待されている。機能材料の研究開発を根本から変える可能性があり、米国や欧州はもとより、中国・韓国などアジアでも材料インフォマティクスの実用化に向けた取り組みが進みはじめた。機能材料開発は、国際的にも日本企業が強みを持つ分野だが、国内の材料メーカーの危機感は相当なもので、「この技術をものにしなければ日本の材料メーカーに未来はない」という声さえ聞かれるほどだ。国内ではじまったプロジェクトの成果が期待される。
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米MGIを追撃、機能設計・逆問題を回答、AI活用が焦点に
自然科学研究の方法論は、第1に実験、第2に理論で、これに第3として計算が加わり、3本柱といわれてきた。ただ、材料科学は対象となる物質の組み合わせが膨大であり、それぞれのわずかな組成の変化が材料全体の特性を大きく変えてしまう。また、製造プロセスやその条件も物性を大きく変えてしまうため、実際の研究現場ではいまでも経験的なアプローチが主流。
材料を設計することを考えた時、最も知りたいのは物性や特性を予測することだが、その意味では現在の3本柱は十分な有効性を発揮できていない。そこで、データを第4の科学とし、ビッグデータを使ったデータ駆動型のアプローチで“予測”に迫ろうというのが、材料インフォマティクス(MI)の基本的な考え方である。
MIへの関心を高めたのは、2011年に米国のオバマ大統領の旗振りでスタートした「マテリアルゲノムイニシアティブ」(MGI)。2億5,000万ドルあまりの予算が投入され、米国立科学財団(NSF)、米国立標準技術研究所(NIST)、米国防高等研究計画局(DARPA)などが連携し合って研究を進めてきている。リチウムイオン電池の新しい電極材料を提案したなどの成果も伝えられている。
これに対し、日本は各省庁の縦割り体制ではあるが、MIに関連して3つのプロジェクトが進行中(別図参照)。まず、内閣府が2014年度から(5年間)スタートさせた「戦略的イノベーション創造プログラム」(SIP)がある。これは11のプロジェクトで構成されており、そのうちの「革新的構造材料」の中に“マテリアルズインテグレーション”という名称でMI的な取り組みが含められている。材料データベースと計算機シミュレーションを融合して材料開発期間を短縮することを目指している。対象材料は、繊維強化プラスチック、合金・金属間化合物、セラミックスなど。
続いて、文部科学省プロジェクトとして、科学技術振興機構(JST)イノベーションハブ構築支援事業の枠組みで、2015年7月から(5年間)物質・材料研究機構(NIMS)が「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ」(MI2I、エム・アイ・スクエア・アイ)を開始した。
蓄電池材料、磁石・スピントロニクス材料、電熱制御・熱電材料の3分野の出口課題を設定し、NIMS/JSTをハブとして全国の大学・研究機関を結んだ集中研究により、すでにいくつかの成果も生み出されている。NIMS内に整備された国内屈指の物質・材料データベース「MatNavi」を活用することで、例えばLED材料として赤色発光し、高圧合成で製造が可能だと予測した亜鉛窒化物系の物質が実際にそうした特性を持つことを確かめた実例があるという。
また、今年4月からは民間企業の参加を募ってコンソーシアムの運営をスタートした。現時点で約40社ほどの企業が加入(無償)しており、来年からはMatNaviを核にMI研究を行うためのツールを統合したデータプラットホーム(DPF)を自由に使用できるようになる。
コンソーシアムは、成果を公開・共有することが基本で、企業がMIについての情報交換をする場として機能するが、あまり細かな規則はないようで、関心のあるテーマを持つ企業同士がサブグループをつくるような活動も自由だという。具体的なテーマで研究したくなれば、NIMSと個別の共同研究契約を結ぶことも可能。2017年度以降は企業がハブ拠点の集中研究に参加する道も開かれる予定である。
一方、経済産業省主導の「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」(超超PJ)は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業として、産業技術総合研究所と先端素材高速開発技術研究組合(Hi-Mat)が共同で推進するもので、今年9月から(6年間)スタートした。産総研側には大学やSPring-8など9機関、Hi-Matにはコニカミノルタ、日立化成、出光興産、DIC、東レ、東ソー、昭和電工、新日鉄住金化学、JSR、横浜ゴム、宇部興産、村田製作所、パナソニック、カネカ、積水化成品工業、日本触媒−の16社が参加している。産総研に設置した拠点にそれぞれから研究者を集めて集中研方式で研究を進めていく。
対象は有機系がメインで、エネルギー変換材料、誘電材料、超高機能ポリマー、超高性能触媒がテーマにあがっている。これらの分野は既存のデータベースの蓄積がほとんどないため、計算科学シミュレーションによってデータを集めようというのがMI2Iとの大きな違いだ。材料の構造・組成から物性・機能を予測する計算を大量に実施する(予測結果を検証し精度向上にフィードバックする)ことで演繹的/順問題的な知識をため込み、それを機械学習・深層学習させることで、帰納的/逆問題的な回答を得るための人工知能(AI)を実現しようとしている。
MI2I側は、既存データベースを下敷きにするため、機械学習に使うような大量のデータを集めようとはしておらず、通常のインフォマティクス技術の範囲内で“逆問題”の解決を目指すようだ。ただ、やはりAIにはかなりの関心があり、プロジェクト中にAIを本格的に取り入れる可能性を否定してはいない。
ところで、超超PJの全体構想としては、MIだけにとどまらず、MIで設計した材料を実物にするための高速試作・革新プロセス技術、製造した材料の構造・組成・機能を非破壊で測定するための先端ナノ計測評価技術を加え、材料開発のサイクル全体を超高速化することを目標にしている。
こちらは、材料シミュレーション技術の確立が当面のポイントになるだろう。原子・分子レベルのミクロ領域と、連続体・流体など材料全体のマクロ領域の両方から、両社の中間にあるメソ領域へとシミュレーションのマルチスケール化を進める必要がある。これは大きな技術的課題となるだろう。