CCS特集2017年冬:第1部総論(業界動向)
医薬・化学・材料研究支援で大きく発展
コンピューターケミストリーシステム(CCS)は、医薬・化学・機能材料など化学物質を扱う研究開発を支援するソリューションとして大きな発展を遂げてきた。市場には海外で開発された製品が多く、有力ベンダーはすでに日本法人などの拠点を設立してサポート体制を強化しているのが現状。国内ベンダーはそれらの製品を輸入し、販売・サポートを行うところが多いが、ニッチな分野で独自製品を開発・展開する企業もある。海外の大手ベンダー間の大規模な再編劇は近年みられないが、中小規模のベンダー間での買収や合併などは相変わらず活発だ。また、国内ベンダーも大手が事業体制をがらりと変えるなど、今年は動きが多かった1年でもあった。
◇ ◇ ◇
◇◇海外ベンダー多士済々、材料系は国産ソフトも台頭◇◇
CCSは、対象領域のカテゴリーで大きく生命科学系と材料科学系、システム種別の観点でインフォマティクス系とモデリング&シミュレーション(M&S)系、またライセンスの種類で商用ソフトとオープンソースソフト(OSS)に分けることができる。
海外ベンダーは、生命科学のインフォマティクス市場で米ダッソー・システムズ・バイオビア(旧アクセルリス)、米パーキンエルマー・インフォマティクス(旧ケンブリッジソフト)が大手で、この両社は親会社が大資本であることを生かして、事業領域をさらに広げる方向性を強化している。これに対し、ハンガリーのケムアクソンや英ドットマティクス、米アークスパンといった新勢力が台頭してきているという図式だ。
生命科学のM&S市場は、米シュレーディンガーや加ケミカルコンピューティンググループ(CCG)、米オープンアイなどの実績が大きい。この分野には欧州などを中心に比較的小規模なベンダーが数多くあり、それぞれ特異な技術やノウハウで特徴ある製品づくりを行っている。機能によっては材料系に使われるものもあるが、オーストリアのインテ・リガンド、伊コデ、米サターラ、英Lhasa、米ガウシアン、米キューケム、英オプティブリアム、豪デザートサイエンティフィック、米マルチケース、独バイオソルヴアイティー、米シミュレーションズプラス、米ウェイブファンクションなど、ざっとあげても枚挙にいとまがない。
材料科学系のM&Sは、ダッソー・システムズ・バイオビアのシェアが高く、あとは小規模なベンダーが多く展開する図式だったが、生命科学系専門のシュレーディンガーが最近この分野に乗り出してきたように注目度が上がってきている。海外勢では、仏サイエノミクス、蘭サイエンティフィックコンピューティング&モデリング(SCM)、独コスモロジック、米マテリアルズデザイン、蘭シュルギ、デンマークのクオンタムワイズなどが国内で実績がある。ただ、この分野は国産ベンダーも独自展開しているところがあり、アドバンスソフトのAdvance/PHASE、アスムスのmatelier、伊藤忠テクノソリューションズのNanoveats、富士通のSCIGRESS、JSOLのJ-OCTA、生命系でも利用できるクロスアビリティのWinmostarなど、国産ソフトも市場で一定の地位を占めている。
オープンソースソフト(OSS)は大学などでつくられたプログラムで、無償で利用することが可能。商用ソフトも出自はOSSであり、アカデミック向けにはOSS的に提供されているものもある。多くは生命系あるいは材料系シミュレーションで利用される計算エンジンで、分子動力学法などの古典力学系のものと分子軌道法や密度汎関数法などの量子力学系のプログラムが存在する。なかでも、国プロジェクトで開発されたPHASE/0やOCTAは、材料向けの代表的な国産パッケージだといえる。国産の商用ソフトはこれらのOSSを使いやすくするためのGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)機能を提供しているものが多い。
◇ ◇ ◇
◇◇電子ノート―クラウド型登場で需要急増、材料分野の引き合いも◇◇
医薬品の研究開発分野で普及している電子実験ノートブック(ELN)もほとんどが海外の製品である。もともとは知財対策として始まった需要だったが、新薬の創出がますます困難になる中で、情報の蓄積と再活用、外部の研究機関とのコラボレーションを推進するプラットホームとしての役割が注目され、市場は飛躍的に拡大した。日本ではこれに加えて、化学物質を適正に扱うためのコンプライアンス面の要請、さらに研究不正を防止する取り組みの一環としても、ELN導入が熱を帯びてきた。
市場での実績は、合成実験分野で米パーキンエルマー・インフォマティクス(旧ケンブリッジソフト)のE-Notebook、ダッソー・システムズ・バイオビア(旧シミックス)のBIOVIA Workbookが強いが、生物実験分野では英IDBSのE-Workbookスイートが先行している。これら実績の高い製品群は適用業務の幅を広げることを最近の目標にしており、合成、生物などの創薬領域だけでなく、原薬の製造法開発・製剤開発・品質評価について総合的に研究するCMC研究領域を狙った機能強化を図ってきている。
また、ここへ来て顕著になっているのが、非製薬業である化学・材料分野からの引き合いが活発化していることだ。基本的に情報の蓄積・活用を進めようという考え方が中心にあるが、材料インフォマティクス(マテリアルズインフォマティクス、MI)への関心の高まりとも関係する。これは、実験、理論、計算に次ぐ第4の科学として、データ駆動型のアプローチで材料特性の予測に迫ろうという動き。望ましい特性を持つ材料の構造や組み合わせを予測するAI(人工知能)構築を目指す取り組みが国内外で進められており、その成果が注目されている。ただ、材料分野は医薬などの生命科学分野に比べてデータの量が圧倒的に不足している。それを補うためにELNで実験記録をしっかり蓄積しようというニーズがはっきりとあらわれてきているようだ。
例えば、ある大手ベンダーでは、今年ELNに関する問い合わせが2倍近くに増えており、その中には化学・材料企業が目立つという。実際、海外ELNベンダーも最近は化学・材料分野の引き合いが増えていると口を揃える。
そうした動きの中でクラウド型ELNの注目度が高まっている。パーキンエルマーは、クラウド専用のSignals Notebookを日本語対応とし、今年から強力にプロモーションを実施。ChemOfficeサイトライセンスにバンドルされている利点があり、多くの大学は無償で利用を開始することができる。企業ユーザーも、管理機能を強化した有償のエンタープライズ版を選択するところが出てきているという。クラウド専門の米アークスパンのArxLabはELNだけでなく、化合物の登録・参照、インベントリー管理などと統合されたシステムだが、今年の新規契約企業は倍増以上の伸びであり、とくに化学・食品企業が倍増して、全体の2割を占めるまでに成長してきているという。
クラウド型ELNが、オンプレミス型の製薬業向けELNに比べて低機能というわけでは必ずしもないが、材料分野のニーズからみて、製薬業向けがオーバースペックであることは事実。それに、クラウド型の方が総じて低価格で導入しやすいというメリットがある。英ドットマティクスのソリューションは、動作環境としてオンプレミスとクラウドの両方に対応しているが、やはり最近では化学・材料メーカーへの導入が増えてきている。化学系の大手企業は製品自体が多岐にわたり、研究拠点も全世界に多数分散している場合が多い。その意味では、どこからでもアクセスでき、世界中で情報共有がしやすいクラウド型ELNが優れているとして、大規模な導入事例も出てきているという。
◇ ◇ ◇
◇◇国内大手が事業体制一新、海外もM&A活発に◇◇
ここで、今年のCCS業界の大きな動きを概観したい。とくに国内では、大手ベンダー2社の事業体制ががらりと変わったことが最大の話題になるだろう。1つは新ベンダーとしてのモルシスの発足だ。同社は30年にわたってCCS事業を推進してきた菱化システム(現社名は三菱ケミカルシステム)の製品・人員を引き継ぐかたちで、今年4月から事業を開始した。生命科学と材料科学、インフォマティクス系とM&S系を幅広くカバーする製品群を擁している。三菱との資本関係はなく、加CCGが3分の2を出資しているため、事実上はCCGの日本法人としての位置づけでもある。ただ、これまで通りマルチベンダーの製品を扱っており、発足後に新たに契約した製品も扱いはじめている。CCGに合わせて7月決算となり、初年度はすでに終わっているが、ほぼ予算通りの進行だということだ。
もう1つは、1989年に伊藤忠テクノサイエンス(当時)から子会社として独立し、国内のCCS専門ベンダーの走りとなったCTCライフサイエンス(CTCLS)が、今年4月に親会社の伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)に吸収合併されたこと。奇しくも、モルシスとは逆のシチュエーションとなったが、両社のビジネススタイルは異なっており、こちらはこちらで自然な流れであったといえそうだ。
旧CTCLSは、薬物の探索研究・創薬研究を支援する川上領域で海外および自社開発のソフトウエアを提供するほか、川下の市販後調査分野でも豊富な実績を持っていた。近年では、川中の臨床試験や製造フェーズなど、医薬品のライフサイクル全体を支援するために製品群を拡張してきていた。つまり、比較的大規模な開発案件が多いシステムインテグレーターとしての業務がメインになっていたため、親会社と一体になることによるスケールメリットが出やすい。同時に、ライフサイエンスに特化していたこれまでと違い、テクノロジーを生かしたかたちで他業界へも取り組みを広げるというシナジーが出ているようだ。
一方、今年は海外ベンダーでもいくらかの買収などの動きが生じている。例えば、米シミュレーションズプラスが今年6月に米ディリシムを買収・統合し、2014年に買収した米コグニジェンを加えて、3部門から構成される企業へと大きく組織を変えている。もともとは、生物学的薬物速度論(PBPK)に基づく薬物動態シミュレーション、定量的構造活性相関(QSAR)によるの物性予測などのソフトウエアを開発しているが、臨床データ解析や薬効評価のコンサルティングサービス、また薬物性肝障害(DILI)に関するメカニズム論的数学モデル開発など、事業領域を臨床分野にまで広げてきている。
また、今年9月に電子デバイス向けの第一原理シミュレーターを開発しているデンマークのクオンタムワイズ社が、EDA(電子設計自動化)大手の米シノプシスに買収された。シノプシスは半導体や電子デバイスの設計ツールを総合的に提供しているが、両社はすでにマルチスケールシミュレーションで提携関係にあった。電子材料の特性を量子化学レベルで予測することにより、最終製品の性能をさらに向上させようという狙いだろう。11月には両社の日本法人同士も統合し、新体制での事業がスタートしている。
また、これは買収ではないが、英ドットマティクスが英国のベンチャーキャピタルであるスコティッシュ・イクイティー・パートナーズ(SEP)からの出資を受け入れている。米シュレーディンガーがビル・ゲイツ氏らから資金調達しているのと同じイメージで、株式上場やその売却益を狙ったものではなく、プライベートカンパニーとしての現体制は維持される。ドットマティクスは現在急成長しており、今回の資金はアプリケーションサイエンティストやソフトウエアエンジニア、プロジェクトマネジャーなどを増員するために充当されるという。
そのほか、スペインのプロウスインスティチュートが今年5月、同じスペインのケモターゲットに戦略的な投資を行い、両社の技術を融合した製薬業向けデータサイエンスプラットホーム「CLARITY」を発売している。さらに、米アルタミラが独モレキュラーネットワークスを買収し、“MN-AM”のブランドで共同事業を展開し始めた。医薬品の安全評価とリスク評価のためのプラットホーム製品を提供している。