NIMS・統数研・東工大らのグループがMIで高熱伝導性高分子を発見

所望の物性ベースに逆問題解析、スモールデータ問題を転移学習で解決

 2019.06.27−物質・材料研究機構(NIMS)、統計数理研究所、東京工業大学の共同研究グループは26日、少数のデータで効率良く機械学習を行う“転移学習”と呼ばれる解析技術を利用し、従来の高分子に比べて約80%高い熱伝導率を持つ新規材料を発見・合成したと発表した。マテリアルズ・インフォマティクス(MI)の実用化を目指す「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ」(MI2I)の支援のもとで推進された研究で、機械学習が自律的に設計した高分子が実際に合成・検証された初の事例になるという。学習用のデータが不足している領域におけるいわゆるスモールデータ問題の克服に寄与する成果としても注目される。

 今回の研究は、統計数理研究所の吉田亮教授(ものづくりデータ科学研究センター長)と Wu Stephen 教授、東京工業大学物質理工学院の森川淳子教授、NIMS情報統合型物質・材料研究拠点の徐一斌グループリーダー(伝熱制御・熱電材料グループ)らによって行われたもの。科学技術振興機構(JST)のイノベーションハブ構築支援事業として推進されているMI2Iのもとで実施された。

 材料設計のためのパラメーター空間はきわめて広大で、有機化合物の場合は10の60乗を超える候補物質が存在するといわれる。さらに、実材料の開発では、プロセス、添加剤・溶媒選択、膜材料の層構成などの制御因子が加わり、パラメーター空間の次元は爆発的に増大する。MIの多くの問題は、このような広大な探索空間から所望の特性を有する埋蔵物質を発掘することに帰着する。

 研究グループは、成形性に優れた高分子材料の高熱伝導化に着目し、NIMSが提供する高分子データベース「PoLyInfo」と独自の機械学習アルゴリズムを組み合わせ、高熱伝導性を有する新規高分子の設計に取り組んだ。これは、吉田教授らが開発した分子設計の機械学習アルゴリズム「iQSPR」で、確率的言語モデルに基づく構造生成器や機械学習のさまざまな解析技術を駆使して開発した確率推論のアルゴリズムとなっている。まず、物質の構造から物性を求める順方向の予測モデルを構築し、物性から構造の逆写像を求めて仮説物質を発生させ、所望の物性を有する埋蔵物質をあぶり出していく。しかし、PoLyInfo内には、ホモポリマーに関する室温付近の熱伝導率のデータが28件しか登録されておらず、順方向の物性予測モデルを作成すること自体が困難だった。

 このため、研究グループは“転移学習”と呼ばれる解析技術を採用。データの多い高分子のガラス転移温度や低分子化合物の比熱容量などのデータを収集し、機械学習のモデルライブラリーを構築。そのデータで構造・物性の学習を行うことで、それらのモデルは高分子の構造に関する「汎用的な内部表現」を獲得したことになるという。いわば、「経験」から獲得した「機械の記憶」を適切に活用することにより、わずか28件の熱伝導率のデータから十分な精度を持つ予測モデルを得ることができた。今回の転移学習のアルゴリズムは、まるで熟練の材料研究者が経験をもとに未知の領域に対する認識や判断を行う過程を模倣したかのようなパフォーマンスを発揮したとしている。

 同グループでは、この方法で熱伝導率が高い1,000種類の高分子の仮想ライブラリーを設計。その中から3種類の芳香族ポリアミドを合成し、最大で熱伝導率0.41W/mK(無配向の典型的なポリアミド系高分子と比較して約80%の性能向上に相当)に達する高分子を発見した。実験結果も機械学習の予測とほぼ一致しており、試作した材料を評価したところ、高耐熱性や有機溶媒への溶解性、フィルム加工の容易性など、実用化に結びつく諸特性を合わせ持つことが確認された。

 今回は合成の容易性という観点から3種類の高分子を選択したが、仮想ライブラリーにはほかにも有望な候補が残されている可能性もある。また、今回の機械学習技術を利用すれば、任意の物性をターゲットに同様の解析を行うことも可能。スモールデータ問題を突破するための道を付けたという意味でも、今後の展開が注目される。

 なお、今回の研究の詳細は、Machine-learning-assisted discovery of polymers with high thermal conductivity using a molecular design algorithm のタイトルで、英国の npj Computational Materials 誌に掲載された。

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<関連リンク>:

情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(トップページ)
https://www.nims.go.jp/MII-I/


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