2020年冬CCS特集:特別編 東京大学大学院・船津公人教授インタビュー

AIとロボットで実現する“自動化化学”

 2020.10.05−データ駆動型の研究開発が注目を集めている。データサイエンスと人工知能(AI)を材料探索と組み合わせるマテリアルズ・インフォマティクス(MI)など国プロジェクトがいくつも推進され、すでに多くの化学系企業がインフォマティクスを材料研究の戦略的な武器として位置づけている。この技術の今後の方向性や未来像について、東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻の船津公人教授(兼務=奈良先端科学技術大学院大学データ駆動型サイエンス創造センター研究ディレクター)は、“プロセスインフォマティクス”の観点が重要になり、その流れから“自動化化学の展開”へとつながると話す。

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 − 自然科学研究において、理論、実験、計算に次ぐ第4の柱として“データ”を位置づける考え方は、いまやすっかり定着した感があります。

 「データをもとにした設計・解析という考え方は1960年代から始まったが、コンピューターが普及・浸透するのにつれて、データベースやデータ解析技術が発展し、ケモメトリックスなどデータ解析のノウハウを取り入れた分子設計の動きが活発になった。1980年代にかなりの盛り上がりを見せたが、経済情勢の変化でリストラやカットの対象になることもあり、せっかくの流れが断ち切られることが多かった。一度切れると再立ち上げは難しいもので、つらい時期もあった」

 − 当時はデータ駆動型化学の技術的価値が十分に理解されなかったということでしょうか。

 「化学の分野でコンピューターを利用しようとするとまずは量子化学計算に目が向くと思う。ただ、これは材料の構造や組成から詳細を知るという順方向の予測・解析になる。しかし、みんなが知りたいのはその逆方向で、望ましい特性や物性を満足させる構造や材料がどういうものかを調べたい。データ駆動型化学が持つそういうポテンシャルに世の中が目を向けようとしなかったことが一因だったかもしれない」

 − MI技術の登場で、状況は一変したように思います。

 「2011年に米国でマテリアルゲノムイニシアティブが大々的にスタートしたが、これは日本にとって衝撃だった。自分たちの足元を見ると、必要な人材、データベース、解析ツールがないことに気づき、焦りを覚えた。その結果、大規模な予算が用意されて、科学技術振興機構(JST)や物質・材料研究機構(NIMS)で大型プロジェクトが立ち上がった。外が動いたから日本も動いたというのが事実だが、いまもデータサイエンスのためのファンドがどんどん出てきており、このように迅速に対応できたことは、継続的に研究を行っていた研究室や、日本化学会ケモインフォマティクス部会(1983年に情報化学部会として設立され、2018年に現在の名称に変更された)の活動というポテンシャルがあったことが大きいだろう。このような背景もあり、地盤が相当強化されたことは確かで、いまは経済状況に左右されない盤石な状況になりつつある」

◆◆どうつくるかまで一気通貫◆◆

 − 先生自身もいくつかのプロジェクトを率いてこられました。

 「冬の時代もあったが、先見性のある会社も多くて、この40年近くにわたって継続的に共同研究を続けてくることができた。その経験から強く感じるようになったことは、材料というものは原料が同じでも実際につくると違うものができるということ。これは、食材が一緒でも、どう料理するかで仕上がりが変わるのと同じで、つくり方、つまりプロセス条件のパラメーターが変わってしまうのが原因だ。そこで、何をつくるかを考える際に、どうつくるかも一体的に検討しなければならない。このことを、プロセスインフォマティクスという概念として私が世界で初めて提唱した」

 「それを踏まえて立ち上げたのが、JSTの戦略的創造研究推進事業(CREST)による『医薬品創薬から製造までのビッグデータからの知識創出基盤の確立』で、6年半にわたって実施した(2020年3月末に終了)。これは、創薬においていかにデータを活用するスキームを構築するか、それを実際に生産するためにどういう情報や知識が必要なのか、ソフトセンサーによる化学プラントの監視と制御にまで踏み込んで基盤づくりを進めてきたもの。構造を与えて物性を予測する計算化学とは逆に、データサイエンスは目的の特性を持たせるにはどういう分子構造、どういう組成、どういうつくり方であるべきかを提案してくれる。高分子、触媒、半導体材料など幅広い材料開発に適用できる方法だ」

◆◆計算化学と両輪でMI活用◆◆

 − なるほど。しかし、ちょっとした製法の違いでなぜそうなるかという原理原則を知る必要はありませんか。

 「それが重要な点だ。データサイエンスでも、使ったパラメーターによっては、こういう物性発現をするのはこういう組成割合だからとか、この組成のこういう特徴が効いているんだとか、あるいはこのプロセス条件の温度・圧力がこういうふうに効いているんだとか、解釈できることもある。ただ、なかなか解釈しづらい場合もあり、その時には量子化学計算での精密な解析が有効になる。計算化学とデータサイエンスは車の両輪のようなもので、両方のいいところをうまく活用してMIを考えていく必要がある」

 − プロセスインフォマティクスについてもう少し説明してください。

 「実際にプラントでものを製造する際、一定の品質をきちんと保つため、ソフトセンサーで品質や物性のぶれをリアルタイムに計測・監視し、正しい範囲に調整するように制御しなければならない。設計時のどうつくるかというプロセスパラメーターがソフトセンサーの中で使われていて、監視と制御ができるようになる。材料設計、プロセス条件検討、品質管理までを一気通貫で扱えるスキームがプロセスインフォマティクスだ」

 − よくわかりました。この技術の未来はどう展開しますか。

 「探索指向型実験機器とAIが融合した“自動化化学”ともいうべきものが実現すると思う。探索に適した合成装置(計測も含めた)を用意し、制御AIと組み合わせることで、ベイズ最適化を使いながら探索範囲を自動的にどんどん広げていく。例えば、ベイズ最適化で次に行うべき実験条件が提示されたとしても、いまは実験研究者がうーんそれはいやだなと思ったらやらない。AIとロボットであれば黙ってやるので、部分的に遠回りにみえても、結局は短時間で最適な解を導いてくれる。実験結果をモデルにフィードバックして、自律的に次の合成を仕込んでくれるので探索範囲が自動的に広がって、いろいろな種類の候補物質が提案されるようになるだろう」

◆◆研究思想の確立が重要◆◆

 − 自動化化学の実現に向けて今後何が必要でしょうか。

 「借り物のデータや解析手法だけ持ってきても、それは切り花を買ってくるようなもので、土壌がないのですぐに枯れてしまう。具体的にいろんな事例を経験して、データ解析の素養を身につけた人材が重要になる。その上で、自動化化学を展開するためにどういう装置をつくるか、その装置にどんな機能を持たせるか、どんなデータをとるべきか、どう制御するか、全体のAIの枠組みをどうするかなど、実験研究者やロボット技術者、AI研究者らと議論しながら全体をデザインしていくことになる。とくに、データ駆動型化学は効率化が目的の単なるツールではなく、フィロソフィーが大事だと思っている。どう自分たちは材料開発をしようとしているのか、データをどう見ようとしているのかというフィロソフィーをしっかり確立することが大切。そういう土壌、風土を会社に根付かせないと、旧態依然とした研究開発のやり方から脱却できない。ドメイン知識を重視しながらデータサイエンスの素養を兼ね備えた人材を育成することが重要だろう」

 「多種類の専門家が必要なので、自動化化学の最初の装置を開発することは、国に後押しをしてもらう必要があるかもしれない。ただ、ひな形が1つできれば、あとは早いと思う。10年もすれば、AIとロボットを使用した研究スタイルが普通になっているだろう」

 − ありがとうございました。


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