「富岳」で新型コロナ変異ウイルスの感染力の強さを解析

FMO計算で相互作用エネルギー、変異で結合力が増大

 2021.05.06−立教大学大学院理学研究科の望月祐志教授と神戸大学大学院システム情報学研究科の田中成典教授は4月28日、スーパコンピューター「富岳」を利用した新型コロナウイルス特別プロジェクトの一環で実施した研究成果を発表した。フラグメント分子軌道法(FMO)プログラム「ABINIT-MP」を利用したもので、新型コロナウイルスの受容体結合ドメイン(RBD)と、細胞側でそれに結合するアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)の結合状態を量子化学的に解析したもの。新しい研究テーマとして、イギリス型などの変異株のRBDとACE2との相互作用を評価したところ、変異株の方がより安定化する(結合力が強い)という結果になり、計算の上でも変異株の感染力の高さを確認することができたという。

 FMOは、タンパク質を構成するアミノ酸をフラグメントとして扱うなどして、数万原子からなる巨大分子系を量子化学で解析できる計算手法。とくに、フラグメント間相互作用エネルギー(IFIE)解析を行うことで、アミノ酸残基間やアミノ酸残基と阻害剤の間の相互作用を定量的に調べることができる。また、ABINIT-MPの特徴として、並列処理を階層的に行うことができるため高速で、「京」や「富岳」に合わせたチューニングが施されている。

 「富岳」を使用した今回の研究では、ウイルスが持つスパイクタンパク質のRBD領域のアミノ酸が置換された「変異株」のACE2との結合形態がもともとのウイルス(野生株)と異なっている可能性があるという仮説を立てて検証したもの。イギリス株(N501Y=501番目のアスパラギンがチロシンに置換)、南アフリカ株(K417N=417番目のリシンがアスパラギンに置換、E484K=484番目のグルタミン酸がリシンに置換、N501Y)、ブラジル株(K417T=417番目のリシンがトレオニンに置換、E484K、N501Y)の3種類で、実際にアミノ酸を置換した構造を用意し、RBD領域とACE2の界面における相互作用をABINIT-MPでシミュレーションした。

 その結果、相互作用エネルギーの総和(IFIEの総和)は、野生株が-900.5Kcal/mol、イギリス株は-928.6Kcal/mol、南アフリカ株は-1108.4Kcal/mol、ブラジル株は-1106.8Kcal/molとなった。マイナスが大きいほど結合が安定化していることになり、変異株の感染力が高いとされることの傍証が得られたとしている。

 イギリス株を解析したところ、RBDの501番目のNがYに変化することにより、ACE2側のチロシン44やリシン353との相互作用が顕著に増加。さらに相互作用の内訳を調べると、RBDのチロシン501との間で、分散力(ファンデルワールス力)系の安定化の寄与が大きいことがわかった。加えて、RBDのリシン417とACE2のアスパラギン酸30との間で相関補正項が働きイオン性の相互作用が強まっていることもみつかった。

 一方、南アフリカ株の解析では、RBDの417番目のKがNに置換されることにより、ACE2側のアスパラギン酸30との間の塩橋が消失し、その部分の結合力は減少するが、他のアミノ酸残基との間にみられた反発力が軽減される結果となった。さらに、484番目のEがKに変わる効果として、RBDのグルタミン酸484とACE2のリシン31との安定化が反発に変わり、RBDのリシン484とACE2のグルタミン酸75との安定化が強くあらわれた。そもそも、E484Kでは酸性のグルタミン酸が塩基性のリシンに変わるため、静電相互作用の様相は大きく変化していると考えられ、そのことが感染力が強いことの分子的なメカニズムになっていると推測できるということだ。

 ただ、FMO計算では長距離の静電相互作用を過大評価する傾向があるため、研究グループでは、界面からの距離を1オングストロームステップで増加させ、タンパク質の静電相互作用の有効距離である10オングストロームまでの相互作用エネルギー和の変化を検証した。それによると、界面から5オングストロームまでの近距離ではイギリス株の安定化が相対的に大きいが、距離が長くなると南アフリカ株やブラジル株の安定化が優位になった。とくに、K417の塩橋を残したままN501YとE484Kの変異を導入したモデルでは、野生株よりも安定化が1.5倍に高まる結果が得られた。

 今回のシミュレーションでは、一点計算で求めたタンパク質の構造を使用したが、分子動力学(MD)と組み合わせてタンパク質の構造ゆらぎを考慮した計算を取り入れ、今後は動的なタンパク質間相互作用の把握につとめる計画。また、インド株などの新規な変異株の解析に随時取り組むほか、ABINIT-MPのさらなる高速化や機能向上も進めていくことにしている。

 なお、この研究の詳細は「Fragment Molecular Orbital Based Interaction Analyses on Complexes Between RBD Variants and ACE2」のタイトルで論文発表されており、以下のURLで内容を確認できる。(https://doi.org/10.26434/chemrxiv.14318459.v2

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<関連リンク>:

立教大学(望月研究室のトップページ)
https://www2.rikkyo.ac.jp/web/fullmoon/top.html

神戸大学(田中研究室のトップページ)
http://eniac.scitec.kobe-u.ac.jp/tanaka/


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