2022年夏CCS特集:Preferred Networks
汎用NN力場で材料探索、深層学習技術を各分野で展開
2022.06.28−Preferred Networks(PFN)は、深層学習などの最先端技術を実用的に利用し、困難だった現実世界の課題を解決することを目指している。取り組んでいる分野は幅広いが、人工知能(AI)創薬や材料探索への対応を強化している。とくに、材料分野でにおいてはENEOSとの合弁で「Preferred Computational Chemistry」(PFCC)を設立しており、すでにパッケージでのサービス提供を行っている。
PFNは、深層学習(DL)技術をビジネス応用することを目的に2014年3月に設立された。DLには数千から数百万件の教師データが必要だが、実際に集めたデータには偏りがあることが多い。そこで、同社はシミュレーションで学習データを補完することにより、機械学習の適用範囲を広げるという戦略をとっている。実際に、社内でスーパーコンピューターを活用するとともに、神戸大学と共同でDL用プロセッサー「MN-Core」を開発し、これを搭載したスパコン新機種「MN-3」の開発にも成功している。この機種は電力効率で世界トップを記録したなどの実績を持つ。
つまり、同社の強みは、スパコンの計算基盤の上で高度なDL技術を駆使できること。専門技術は、画像認識、ロボティクス、自然言語処理、データ生成補完、最適化、異常検知など多様だが、アプリケーションについての専門知識も豊富で、交通、製造業、創薬・ヘルスケア、材料探索、プラント最適化、ロボット、エンターテインメントなどさまざまな分野に及んでいる。社内に各領域の専門家も増員中。
PFNの事業は、個別のユーザー企業などとの共同研究が主軸だが、材料探索分野は昨年6月にENEOSとの合弁でPFCC(PFNが51%、ENEOSが49%出資)を設立し、新しいスタイルのビジネスにも乗り出している。これが、汎用原子レベルシミュレーター「Matlantis」で、クラウド(AWS)を通して使用することができる。
最大の特徴は、密度汎関数法(DFT)と同等の精度の計算を10万〜1,000万倍高速に実行できること。これには、“PFP”と呼ばれる汎用ニューラルネットワーク力場が使用されている。PFNの社内スパコンを使用し、1枚のGPUで273年かかる量の第一原理計算を実行、そのデータを機械学習させてつくり上げた。分子や結晶などの任意の原子の組み合わせ、未知材料にも対応できる汎用的な力場であり、現在は55種類の元素に対応している。ユーザーは、検討したい材料の化学構造を入力して、そこから各種物性や反応などの挙動をシミュレーションすることができる。先ごろ、PFPに関する同社の論文が学術誌「Nature Communications」に掲載され、AI・機械学習および材料科学・化学部門のエディターズハイライトに選ばれたことで世界的にも注目された。
Matlantisは昨年7月からサービス開始したが、すでに30の企業、大学、研究機関が利用中。また、17機関がPoC(概念実証)を推進中のほか、さらに多くの問い合わせが来ている。論文掲載で海外からも引き合いが増えたことで、海外の利用者に対するサービス提供も具体的に検討し始めたという。今後は、数千原子を超えるような大きな系も計算できるように拡張するほか、GPUの並列度を上げて計算速度の向上を図る。基本であるニューラルネットワーク力場“PFP”の精度向上にも引き続き取り組んでいく。
一方、PFNとしては、あらためてAI創薬をターゲットとした戦略を強化する方針。新型コロナウイルス感染症治療薬の探索、クライオ電子顕微鏡の構造ベース創薬への活用、皮脂RNA解析による肌データ収集、パーキンソン病の新たな検査方法の開発など、多くの共同研究を実施してきた蓄積がある。PFCCを通したMatlantis提供と並行して、AI創薬や材料探索分野の共同研究事業にさらに力を入れていくことにしている。