CCS特集2022年冬:第1部総論(業界動向)
計算・情報・データの統合で成長期到来
2022.12.01−コンピューターケミストリーシステム(CCS)は、医薬品開発や化学・材料研究を支援するITソリューションであり、情報化学(ケミカルインフォマティクス)と計算化学(コンピューテーショナルケミストリー)を主体としていた時代から、データサイエンスを取り入れてデジタルトランスフォーメーション(DX)の一翼を担うように変化したことで、研究開発環境にデータ駆動型の潮流を引き起こす存在として注目されている。そうした流れの中でベンダーの状況も変わってきており、企業として、またグループとしての再編も相次いでいる。しかし、時代の後押しで業績は好調であり、市場全体としては大きな成長期に入っているといえそう。CCS製品は海外製がメインだが、とくに日本市場はマテリアルズ・インフォマティクス(MI)が大きな注目を集めており、この分野に関しては国内ベンダーにも勢いがある。
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◆◆ベンダー間の再編進展、CAEからの参入相次ぐ◆◆
CCSは、分子構造や材料構造を設計し、その特性や物性を計算・予測するモデリング&シミュレーション(M&S)系のシステムと、合成した物質の化学構造を登録し、評価試験などの実験データを含めてデータベース(DB)化して管理するインフォマティクス系のシステムに大きく分かれる。後者はもともと創薬研究の支援を目的に発展したものが多く、研究対象が低分子からバイオ医薬に広がるにともない、生物情報も同時に扱うことが増え、バイオインフォマティクスソフトと連携するケースもよくみられるようになってきた。とくに、電子実験ノートを核に、化学・生物を含めたあらゆる情報を統合するプラットフォーム化が進んできており、計測・科学機器からデータを直接吸い上げるような連携も増加。さらに、データサイエンスが統合されることにより、これら“現実世界”のデータだけでなく、計算で導き出した“仮想世界”のデータも同列に扱おうとする考え方が浸透し、「計算化学」「情報化学」「データ科学」の融合が図られつつある。
こうした情勢の変化がみられる中、CCSベンダーの業界地図も変わってきている。今年の動きとしては、昨年4月に英ドットマティクスを買収した米インサイトフルサイエンスが、今年4月末に社名を「ドットマティクス」にあらためて変更している。インサイトフルサイエンスはバイオインフォ系ベンダーを多く傘下に抱えており、新生ドットマティクスとして10社ほどの企業グループを形成している。これまでのドットマティクス製品の開発は変わらず英国で行われているが、本社所在地は米国ボストンに変更になっている。
また、パーキンエルマーは米ケンブリッジソフトを2011年4月に買収してインフォマティクス事業部を創設したが、今年8月、同社は一部の事業をニューマウンテンキャピタルに譲渡すると発表した。分離するのは、分析機器/フード/エンタープライズサービス事業で、売上規模は約13億ドル、約6,000人の従業員で構成される。85年の歴史があるパーキンエルマーのブランド名はそちらに付属していくことになる。この譲渡は来年の第1四半期に完了する予定。譲渡完了後の同社は、ライフサイエンス事業と診断事業をメインにするが、インフォマティクス事業もこちらに含まれる。売上規模は約33億ドルで、従業員は約1万1,000人。旧パーキンエルマーの中の成長事業が残されるかたちとなり、新社名・ブランド名のもとで、より集中的かつ戦略的に経営資源を再配分し、各市場でのリーダーシップを発揮してさらなる成長を目指すとしている。同じく、機器メーカーがインフォマティクスベンダーを買収した例では、2019年3月のブルカーによる米アークスパン買収があげられる。
一方、CAE分野の大手シミュレーションベンダーがM&Sベンダーを買収する動きもある。これは、シミュレーションの対象領域を原子・分子レベル、素材・材料レベルにまで微細化しようというもの。先駆けとなったのは、2014年に仏ダッソー・システムズが米アクセルリスを買収し、BIOVIAブランドを立ち上げたことだが、その後もEDA(電子設計自動化)の米シノプシスが、電子デバイスのナノスケールシミュレーションを行うデンマークのクオンタムワイズを2017年9月に買収している。そして今年7月、EDA大手の米ケイデンスが米オープンアイ・サイエンティフィックを買収した。オープンアイは創薬を中心にしたM&Sベンダーで、EDAとは世界が違うが、ケイデンスは「インテリジェントシステムデザイン戦略」として対象分野・対象業界を広げる方向性を打ち出しており、医薬・バイオ分野のシミュレーション市場の成長性に注目して参入することを決めた。2020年1月にケイデンス側から話が持ちかけられたことが発端だったようだ。製品的には、クラウドベースのM&Sプラットフォーム製品である「Orion」を中心に据え、これまで通りの科学重視・顧客重視の姿勢を維持していくという。ケイデンスの傘下として財政的なバックが強力になるほか、マルチスケールシミュレーションや人工知能/機械学習の応用、またクラウド技術などをケイデンスから吸収できるメリットがあるとみられる。「ケイデンスモレキュラーサイエンス」という事業部門がすでに設けられており、今後もCCSベンダーの買収が行われる可能性があるだろう。
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◆◆米大手・コロナ禍でも高成長、円安影響で一部値上げも◆◆
世界経済に大きな影響を与えた新型コロナウイルス感染症だが、CCS市場は高い成長性を保っている。株式公開している米国ベンダーの決算をみていくと、まずシュレーディンガーは2022年度第3四半期(今年9月期)までの実績を発表している。売り上げは1億2,411万2,000ドルで前年同期比35.3%増。このうち、ソフトウエア製品とサービスは8,775万9,000ドルで同17.5%増、創薬事業が3,635万3,000ドルで同112.7%増と大きく成長している。今年末までの通年での業績予想は、売り上げが1億6,700万ドルから1億7,500万ドルの範囲になると予想され、これは前年実績の21〜27%成長に当たる。ソフト事業は1億2,200万ドルから1億2,700万ドルの範囲で、同様に8〜12%成長に当たる。創薬事業は4,500万ドルから4,800万ドルの範囲で、同様に82〜94%成長と見込まれている。
一方、医薬品の安全性と有効性のためのM&Sベンダーである米シミュレーションズプラスの2022年度(今年8月期)決算は、売り上げが5,390万6,000ドルの前年度比16.0%増。内訳はソフトウエア収入が3,264万2,000ドルの同18.0%増、コンサルティングなどのサービス収入が2,126万4,000ドルの同13.1%増となった。同社はグローバルの地域別売上高も公表しており、アメリカ大陸が3,770万ドル(同16.0%増)、欧州・中東・アフリカが1,040万ドル(同31.6%増)、アジア太平洋が580万ドル(同3.3%減)という結果だった。アジア太平洋市場はやや減少したが、CCS関連市場はコロナ禍でも高い成長を維持していたことがわかる。
国内でも、主要ベンダーの売り上げをもとにしたCCSnewsの市場調査によると、2021年度の市場規模は約559億円で、前年度に対して11.7%ほどの伸びがあったと見込んでいる。2022年度も基本的な経営環境は変化しておらず、むしろ国内の経済活動や社会活動が回復していることからも、さらなる成長が達成されていることは確実だろう。
しかしながら、気になるのは長引く円安の状況である。どんな影響が出ているのか、いくつかのベンダーにインタビューしたところ、ベンダーの事業内容や方針によって差があることがわかった。すなわち、海外製品の輸入が主体のベンダーは円安によるマイナスの影響を受けるが、自社開発などの製品を輸出する比率がいくらかあるところは円安がプラスに働いている。また、輸入製品でも、価格をドル建てで示しているか円建てで示しているかで違いが出ていた。
各社の回答を示すと、「製品価格は円建てで示しており、値上げはしていない」、「価格は円建てで円安理由での値上げはしないが、毎年一定の値上げを実施している」、「価格はドル建てなので変えていないが、ユーザーからみると実質は値上げになっている」、「ドル建てで調達しているので、為替差分の値上げをすでにお願いしている」、「円建てで輸入しており、国内価格は据え置いているが、次年度からは改訂したい」、「価格は為替レートを反映させて定期的に見直しており、常に上下している」、「円安により最近は価格表を毎月のように更新している」、「いままでは据え置いているが、年明けからは価格改定したい」、「値上げ幅は為替見合いよりは抑えた水準にするよう経営努力している」、「海外ベンダーの日本法人の立場では、円安で本社に対する寄与率が減少するのはきつい」などという声が聞かれた。また、輸出はもともとドル建てで行うことが多かったようで、円安差益で売り上げアップへの貢献度が大きいということだ。全体として、為替が日本市場での事業活動に大きな影響があるとするベンダーはなかった。
◆◆短時間ウェビナー主流、対面のユーザー会再開へ◆◆
コロナ禍における各ベンダーの戦略だが、各社とも工夫しながら活動を再開させ、昨年からはウェビナー開催を活発に進めるところが多かった。今年に入ると、コロナ前のような半日/1日のセミナーは少なくなり、1〜2時間の短時間のウェビナーを回数多く開催するスタイルに変わってきた。ハンズオンタイプのセミナーや製品トレーニングも、ウェブ経由で行うノウハウが蓄積され、多くのベンダーがリモートで実施するようになってきている。リモートで行われるウェビナーやトレーニングはユーザーにとっては便利で、参加者は多くなる傾向にある。やはり、同じ研究室から何人もトレーニングに参加させるのはコストの面からも難しかったと思われるが、リモートであればかなり敷居は低い。ベンダーによってはトレーニング内容を動画にしておき、いつでも履修・復習ができるようにしているところがあるが、そういう場合は休日や夜にアクセスしてくるユーザーも少なくないということだ。
現在も、セミナー関係は圧倒的にリモートが主流だが、ベンダーによっては対面が好ましいと考え、最近になって対面のセミナーを再開したところもある。ユーザー会は、コロナ禍で一昨年は中止、昨年はリモートとなったところがほとんどだったが、今年になってドットマティクスが初めて対面のユーザー会を5月に再開。オープンアイ・サイエンティフィックが9月、パトコア(ケムアクソン製品)も10月にユーザー会を対面で開催した。参加者はコロナ前よりも幾分少なかったが、出席したユーザーからの評価は高かったようだ。シュレーディンガーも、6〜7月にかけて生命科学系、11月に材料科学系のユーザー会をハイブリッド方式で開いた。ただ、リアル会場への出席はかなり少人数だったという。モルシスが11月に開いたMOEフォーラム(ユーザー会)は、Zoomのサービスを利用して、日本語・英語・中国語の3カ国語同時通訳でのリモート開催という手段を選択。アジアユーザー会という位置づけに発展させて成功を収めている。
来年は対面でのユーザー会が増えてくると思われるが、参加者数が100人に近いあるいは超えるような大手ベンダーの場合、コロナ感染がかなり収まらないと、会場が密になってしまい実際には対面での開催は難しいという。ベンダーもユーザーも、この間にリモートの利点を一定に認識したため、当面は開催スタイルを手探りするようなかたちでの展開になっていくだろう。