CCS特集2022年冬:総論第2部(インタビュー)
計算科学振興財団・伊藤聡チーフコーディネーター
活性化するMI研究/データ利活用−マテリアルズ・インフォマティクス
2022.12.01−マテリアルズ・インフォマティクス(MI)がここ数年で大きな潮流になってきている。主立った化学・材料企業がこぞって注目し、それぞれの中期経営計画の中にキーワードとして盛り込まれるほどである。MIが国の科学技術戦略の中にしっかりと位置づけられていることも、民間の関心をかき立てているといえるだろう。その先鞭をつけたのが2015年度から2019年度まで、科学技術振興機構(JST)イノベーションハブ構築支援事業として実施された「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ」(MI2I、エム・アイ・スクエア・アイ)だ。MIはもともと米国に源流があり、研究レベルで日本はやや後れを取っていたが、MI2I終了後に日本の研究機関が台頭してきていることが、本特集に合わせて行った文献調査から明らかになった。MI2Iの実施拠点だった物質・材料研究機構(NIMS)で当時のプロジェクトリーダーを務めた伊藤聡・計算科学振興財団(FOCUS)チーフコーディネーターに、その後のMI動向と将来に向けた課題を聞いた。
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◆◆マテリアルDXで推進体制◆◆
− MI2Iのあと、国のMI戦略はどう変わってきましたか。
「MI2IでMIのやり方はみせたが、実際の画期的な材料はまだできていない。具体的な成果を出す必要がある。そこで、文部科学省はマテリアルDXプラットフォーム構想のもと、昨年度に「データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト」のフィジビリティスタディーを行い、今年度から2030年度までの本プロジェクトをスタートさせた。マテリアルDX全体は、(1)データ創出(2)データ統合・管理(3)データ利活用−の3階層で構成されており、3番目をこのプロジェクトが担うかたちになる」
− プロジェクト公募後に採択機関を決めるための審査委員会に招集されましたね。
「MIを利用した次世代の研究方法論を実践し、実際に材料創製を図るのがこのプロジェクトだ。エネルギー変換材料、半導体デバイス材料、金属構造材料、バイオアダプティブ材料など、わが国の産業競争力、および将来の社会像・産業像を考慮した先端技術領域を対象にしている。スーパーコンピューター「富岳」などの計算機資源、SPring-8などの放射光・中性子施設もフル活用し、研究を推進していく」
− マテリアルDXの他の部分についても説明してください。
「1番目のデータ創出では、昨年度から10年計画で「マテリアル先端リサーチインフラ」(ARIM)がスタートしている。データ不足が問題視されているが、実験設備を動かせばデータは出てくる。全国の最先端設備を共用し、研究者の同意を得てデータを組織的に集めていく。25の大学・研究機関が参画している。このようにして集めたデータを活用できるように集約するのが2番目のデータ統合・管理で、NIMSが中核拠点となり、マテリアルズ・リサーチバンクとして全国的な研究データ基盤を提供する。これら3つが有機的に連携することでマテリアルDXを推進していく」
◆◆産業競争力支える材料創製◆◆
− なるほど、よくわかりました。そうした中でFOCUSはどのような位置づけで活動されますか。
「日本の産業競争力を強化し、ソサエティ5.0の実現に寄与することが使命で、そのためにスパコンの産業利用の裾野を広げ、計算科学とデータ科学の融合を図るなどの活動方針を定めている。自前の計算設備であるFOCUSスパコンを継続的に拡張しており、「富岳」と同じアーキテクチャーの「ミニ富岳」も設置している。「富岳」/HPCI(革新的ハイパフォーマンスコンピューティングインフラ)の産業利用に向けたステップアップを支援する役割もあるが、最近ではコンサルテーションに力を入れており、直接的な計算課題だけでなく、「DX推進のための新しい組織をつくりたい」「データ活用に向けた研修プログラムをつくってほしい」といった要望に応えたこともある」
◆◆全米の研究環境クラウド化◆◆
− MIを下支えする上でも重要な活動ですね。ところで、外国のMI事情はいかがですか。
「マテリアルゲノムイニシアティブ(MGI)は旧オバマ政権時代の取り組みであり、前トランプ政権でやや停滞した印象があったが、その後に米国立標準技術研究所(NIST)やマサチューセッツ工科大学(MIT)が中心になって「HTE-MC」(ハイスループットエクスペリメンタル・マテリアルズコラボラトリー)が整備されている。これは、全米のR&Dインフラをネットワークし、材料を設計するためのデータベースやソフト、その材料を合成・製作する装置、できた材料を評価するための設備などが自由に利用できるもの。研究環境が完全にクラウド化されていて、利用者は使用する設備等の所在地さえ気にする必要がない。また、政府予算からの負担額、利用者は何にいくら支払うか、誰が何を受け取るか、お金の面までしっかり考えられているところはすごい。人材育成も考慮されており、なかなかかなわないなと思う」
− 中国もMIにかなり投資していましたが、最近の動向は?
「このところ、中国は基礎科学が少し弱くなっているように思う。MIも一時ほどの盛り上がりはみられていない。韓国もMIで国プロジェクトを進めているが、いまはかなり下火になっていると聞く。一方、欧州は目立たないがコミュニティがしっかりしており、EUからの助成もあるので、日本もうかうかしていられないという認識だ」
◆◆人材不足・データ流通が課題◆◆
− ありがとうございました。それでは最後に将来に向けた課題をいくつかあげてください。
「まずは人材不足の問題。データ科学の専門知識が必要だが、MIをするだけなら設備はいらないので、完全にアイデア勝負の世界だ。その意味で、チャンスは豊富なのにMIの世界に飛び込んでくる人が意外に少ない。米国などに比べて、この分野のユニコーン企業もまだまだ少数だと思う。次に、データ流通の問題だ。循環型社会の観点で、材料データの流通はすでにはじまっているが、研究用のデータではない。国が主導する取り組みはすでに述べたが、材料データの多くは企業が持っている。(閉じたコンソーシアムなどでデータ共有する動きも出てきているが)インセンティブの問題を解決する必要がある。音楽配信サービスのように、材料データを持っている企業はそれを提供してもうかるし、利用者は貴重なデータが使えてうれしい、という仕組みがあればいい。こういうサービスはまだ米国にも出現していない。なんとか、日本でできないものかと考えている」
− ありがとうございました。
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◆◆MI研究日本勢が台頭、36位までに11機関ランクイン◆◆
今回、一般社団法人化学情報協会の協力を得て、グローバルなMI研究の現状を、米ケミカルアブストラクツサービス(CAS)の「CAS Scifinder-n」を用いて文献調査した。その結果は別表およびグラフに示した通り。MITが“マテリアルゲノム”のコンセプトを打ち出した2005年以降で、マテリアルゲノムやマテリアルズ・インフォマティクスというキーワードがタイトル・抄録・索引に入っている文献を検索した。対象にしたデータベースはCAplus(物質科学分野の文献を網羅的にカバー)で、論文数は全部で851件ヒットした。
前回の調査は2019年で、検索条件は今回とまったく同じ。前回は、研究組織の上位35機関のうち、日本は東京大学(8位)と京都大学(15位)の2つだけだった。米国が24機関、中国が7機関を占めた。これに対し、今回の調査では東京大学が3位にランクアップ、NIMSが5位に入っている。以下、同率17位で日立製作所、京都大学、名古屋工業大学、名古屋大学、大阪大学、豊田中央研究所、早稲田大学が入り、同率26位に北陸先端科学技術大学院大学と慶応義塾大学が入るなど、日本の研究機関がここ数年で一気に台頭したことがわかる。トヨタは米国の研究所からも文献を出しており、それも含めると10件で14位に相当する。また、今回のランク外では、4件の論文数で東京工業大学、富士通研究所、住友金属鉱山が続いている。そのほかでは、シンガポール国立大学やハノイ工科大学からもそれぞれ3件の論文が発表されており、MI研究のグローバルな広がりを感じさせる結果となった。
文献数の暦年推移を示したグラフからも研究の活発化がみてとれる。全体として右肩上がりで、コロナ禍でも衰えがないことがわかる。マテリアルDXの推進とともに、さらなる日本勢の奮闘を期待したい。
協力:化学情報協会、CAS SciFinder-nによる文献調査
組織名 | 文献数 | 国名 |
Northwestern University | 30 | アメリカ |
National Institute of Standards and Technology (NIST) | 24 | アメリカ |
東京大学 | 24 | 日本 |
Chinese Academy of Sciences | 23 | 中国 |
物質・材料研究機構(NIMS) | 21 | 日本 |
University of California | 18 | アメリカ |
University at Buffalo | 14 | アメリカ |
Lawrence Berkeley National Laboratory | 13 | アメリカ |
University of North Carolina | 13 | アメリカ |
Rensselaer Polytechnic Institute | 12 | アメリカ |
Georgia Institute of Technology | 11 | アメリカ |
Shanghai University | 11 | 中国 |
University of Science and Technology Beijing | 11 | 中国 |
Iowa State University | 9 | アメリカ |
Los Alamos National Laboratory | 9 | アメリカ |
Massachusetts Institute of Technology | 8 | アメリカ |
Argonne National Laboratory | 7 | アメリカ |
日立製作所 | 7 | 日本 |
京都大学 | 7 | 日本 |
名古屋工業大学 | 7 | 日本 |
名古屋大学 | 7 | 日本 |
大阪大学 | 7 | 日本 |
豊田中央研究所 | 7 | 日本 |
早稲田大学 | 7 | 日本 |
Zhengzhou University | 7 | 中国 |
East China University of Science and Technology | 6 | 中国 |
北陸先端科学技術大学院大学 | 6 | 日本 |
慶応大学 | 6 | 日本 |
KTH Royal Institute of Technology and Stockholm University | 6 | スウェーデン |
Shanghai Jiao Tong University | 6 | 中国 |
University of Cambridge | 6 | イギリス |
University of Utah | 6 | アメリカ |
Duke University | 5 | アメリカ |
Harvard University | 5 | アメリカ |
Huazhong University of Science and Technology | 5 | 中国 |
University of Connecticut | 5 | アメリカ |