CCS特集2023年夏:クオンティニュアム
量子コン専門の計算化学、ハード・ソフト両面で製品化
2023.06.28−クオンティニュアムは、量子コンピューターの研究と社会実装をハードウエア・ソフトウエアの両面から進めている。ハードの開発を進める米ハネウェルクオンタムソリューションズ(HQS)と、量子コンピューター向けソフトを専門とする英ケンブリッジクオンタム(CQC)が経営統合し、2021年11月に新たにスタートした。量子コンピューターのハードとソフトを一貫したかたちで提供できるベンダーはいまのところ同社だけで、さまざまな産業界での活用を視野に入れた共同研究型のビジネスも軌道に乗ってきている。
同社は、米ハネウェルが筆頭株主(54%)だが、経営統合以前からIBMが出資、また日本法人にはJSRが出資している。米国、欧州、日本に拠点を有し、350名以上の科学者・エンジニアを含む450名以上の従業員を擁する。昨年10月には、日本およびアジア大洋州を対象に三井物産と戦略的パートナーシップ契約を結んでおり、共同での用途開発・顧客企業への価値提供を進めるとともに、新たなビジネスモデル開発にも取り組んでいる。
同社のハードは、イオントラップ型と呼ばれる方式の量子コンピューターで、「H1-1」と「H1-2」の2台が稼働中。とくに、ここ数年で量子ボリューム(IBMによる量子コンピューターの性能を示すベンチマーク指標)を8回更新しており、今年2月には過去最高値である3万2,768を達成した。5ケタの量子ボリュームには、低いエラーレート、量子ビットの数、非常に長い量子回路といった特徴があり、実用化に向けた重要な進歩になるという。
一方、ソフトは、量子コンピューター向けソフトウエア開発キット「TKET」(ティケット)、TKETをベースに開発された量子化学計算ソフトウエアプラットフォーム「InQuanto」(インクァント)、高品質な暗号鍵を生成するサイバーセキュリティサービス「Quantum Origin」(クオンタムオリジン)−の3つを提供している。
このうち、InQuantoに関わるケミストリーチームは、InQuanto自体の製品開発、InQuanto上で利用するアプリケーション開発、計算化学向け量子アルゴリズム開発などに取り組むグループに分かれており、この種の専門組織として世界最大の規模だという。InQuantoを利用するに当たって量子コンピューティングに関する高度な知識は不要で、計算化学者にとっての親しみやすさ、わかりやすさを重視。分子の初期座標などの化学的な情報を入力すれば、それを量子コンピューターで実行できるかたちに変換したり、実際に量子回路をつくったりする作業はソフト側が自動で行ってくれる。
昨年末にはInQuantoバージョン2.0がリリースされており、最新の量子アルゴリズム、高度なサブルーチン、化学に特化したノイズ軽減技術などが組み込まれた。状態ベクトル計算を1ケタ高速化できる新しいプロトコルクラスや、対称性を利用して必要メモリーを削減できる積分演算子クラスなど効率を高める新機能を追加。さらに、最適化すべきエネルギー期待値を求めるための試行量子波動関数を表現するカスタムansatzw(アンザッツ、角度パラメーター付きの量子回路)を開発するための新しいツール、新しい埋め込み技術、効率と精度を向上させる新しいハイブリッド手法が導入されている。また、ドキュメントが大幅に整備・改善されたことで、自分自身でInQuantoを活用するユーザーも増えてきているということだ。
現時点では、InQuantoは量子コンピューターの実機ではなく、シミュレーターやエミュレーター上で利用することが多いが、実際には量子コンピューターの方式によって最適な量子アルゴリズムも変わるため、今後は「Hシリーズ」に特化したベストな量子化学計算アルゴリズム開発にも取り組みたいとしている。