CCS特集2023年冬:ウェイブファンクション
ニューラルネット採用へ、量子力学計算など置き換え
2023.12.05−ウェイブファンクションは、本格的な量子力学計算をわかりやすく実行できる分子モデリングソフト「Spartan」を開発している。1991年から販売されている歴史あるソフトで、量子力学や計算化学の専門知識がない人にも利用しやすいとして人気。教育用途を含め、計算化学の裾野の拡大に貢献している。
現在、同社では最新版の「Spartan '24」を開発中。今年秋の米国化学会(ACS)で概要が公開されており、人工知能(AI)を応用して計算過程を大幅に高速化したことが最大の特徴。主に対象にしているのが「密度汎関数法(DFT)を利用した化学シフト計算機能」で、天然物などの複雑で柔軟な分子構造を核磁気共鳴(NMR)データを用いて自動的に決定することができる。
高速な分子力学と高精度な量子力学を使い分けながらエネルギー計算と構造最適化計算を繰り返しながら候補を絞り込み、最終的に量子力学でNMRの化学シフトを求める計算で、多段階の処理過程を自動化している。Spartanならではの機能として高い評価を得ているが、厳密に行うためには多大な計算時間が必要になるという問題があり、現在のバージョンではある程度簡略化して計算速度を稼ぐ方法も組み込まれている。
Spartan '24のAI機能は、分子力学と量子力学のそれぞれの計算結果を大量に学習したニューラルネットワーク(NN)を採用している。まず、分子力学計算は高速だが精度が低いという問題をNNで解消。分子力学計算を実際には実行せず、配座異性体間のわずかなエネルギーの差を精密に見積もることで、次の段階に引き渡すべき配座異性体を効率良く絞り込む。また、量子力学計算では、すべての配座のボルツマン分布を求めるエネルギー計算をNNに置き換えている。比較的単純な有機分子でも数百から数千の配座数を持つことがあるため、まともに量子力学計算をすると実用性に制限があったという。さらに、より複雑で柔軟な基底関数系を使用した量子力学の反応エネルギー計算精度を再現できるように学習させた2種類のNNを利用し、最終的な化学シフトを求めるということになっている。NNの採用により、現在のSpartanの計算レシピで何十時間もかかる処理が、秒・分の単位で完了するということだ。
そのほか、溶媒効果を入れた量子化学計算(構造最適化計算)も非常に時間がかかるため、この計算結果を再現できるように学習させたNNも開発中。溶媒として、クロロホルム、THF(テトラヒドロフラン)、DMSO(ジメチルスルホキシド)、メタノールに対応できるという。NN機能は、今後も継続的に開発を進める方針である。
これら以外にSpartan '24で計画されている新機能は、SSPD(Spartan Spectra and Properties Database)の拡張で、31万3,000分子を収録している。また、コアの計算エンジンは、今年7月にリリースされたばかりのQ-Chemバージョン6.1に更新される。
発売時期は未定だが、同社の日本支店は来年春の日本化学会と日本薬学会に出展を予定しており、その機会に国内でお披露目したいと考えているという。