AWSが製薬業向け事業戦略を強化
生成AIの利用進展、製薬バリューチェーンの各段階でクラウド活用
2024.02.21−アマゾンウェブサービスジャパン(AWSジャパン)はこのほど、昨年行われた年次イベント「AWS re:Invent 2023」における製薬業界向けセッションをまとめた記者説明会を開催した。製薬業界の顧客トレンドとして、(1)生成AIの利用ステージが進展し、検討段階から業務実装フェーズに入っている、(2)ゲノム/臨床データ量の爆発に対してクラウドの活用が進んでいる、(3)製薬バリューチェーンのあらゆる段階でクラウド活用が加速している−などの傾向がみられたという。AWSではすでにこれらに対応した取り組みやサービス提供を進めており、今後は日本の製薬業界に対する投資を拡大させる方針だとした。
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「AWS re:Invent 2023」は、昨年11月27日から12月1日にかけてラスベガスで開催されたイベントで、現地参加者は5万人、さらに30万人以上がオンラインで視聴したという。基調講演が5件、ブレイクアウトセッションは2,000件以上で、製薬関連は20以上のセッションが行われた。
同社のアダム・セリプスキー(Adam Selipsky)CEOの基調講演でも、生成AIへの取り組みが大きな要素を占めたが、製薬業においても生成AIがすでに活用され、その利用ステージは実務レベルに進んでいることが際だったという。具体的な事例としては、ギリアド社が内部標準文書を学習させた生成AIを構築。Q&Aシステムとして運用しており、検索拡張生成(RAG)を利用して誤答を防ぐ仕組みや、回答にはデータソースを明示する機能を搭載している。また、ジョンソン&ジョンソン社は生成AIを使ってサイロ化された非構造化データから洞察を引き出し、個別化医療で多様化するコマーシャル領域の価値を創出したことを報告している。
AWSは、生成AIの基盤モデルを学習・推論させるための大規模計算環境をベースに、複数の基盤モデルを自由に利用してアプリケーションを構築できる「Amazon Bedrock」の提供、さらには基盤モデルを活用するアプリケーション群(Amazon Q、Amazon CodeWhispererなど)を用意するという3層スタックで製薬業のユーザーニーズに対応。今後、3〜5年でかなり大きなインパクトが出てくるような雰囲気になってきているということだ。
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また、ゲノム/臨床データ量の爆発への対応では、Carisライフサイエンス社が29ペタバイトのゲノムデータをクラウドに移行させた。1日に数百テラバイトのゲノムデータが定常的に増加するため、ストレージの準備が追いつかず、データにアクセスするのにも時間がかかるという問題があった。AWSに保存することでこうした問題が解決したほか、社内外データ連携による学術機関とのイノベーションが促進された、スケーラビリティが確保できたので患者サンプルの受け入れ上限がなくなった、コスト削減ができた−などのメリットが出ている。
そのほかの事例として、アムジェン社はオミクス解析のフルマネージドサービス「AWS HealthOmics」を採用。これは、ゲノムやトランスクリプトームなどのオミクスデータを保存し、検索、分析し、そのデータから洞察を得るための専用サービスで、マルチオミクスおよびマルチモーダル解析、集団シーケンシングに対応しており、セキュリティやプライバシー、コンプライアンス要件も組み込まれている。アムジェンの報告では、研究者がセルフサービスでゲノム解析パイプラインを実行でき、最大40〜60%のTCO削減につながった。実行時間もより速くなり、ジョブ実行データの透明性も増したという。
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3つ目のトレンドは、製薬業のバリューチェーンのあらゆる段階でクラウドの活用が加速していること。創薬研究から臨床試験を経て、新薬申請に至り、さらに市販後の安全性調査など法規制に基づくすべてのプロセスをカバーするもので、ファイザー社の事例が典型例になるという。Amazon Bedrockなどの生成AIを医薬品製造を含む17のユースケースで活用し、年間10億ドルのコスト削減を達成。コロナワクチンの開発と生産にも利用され、従来比で開発スピードは10倍、生産キャパシティは20倍、生産スループットも20%向上した。また、エンタープライズレベルでデータ活用を進めることにより、年間のコスト削減は4,700万ドル、CO2削減量が4,700トンという効果も出ている。基調講演に登壇したファイザーのリディア・フォンセカCDO/CTOは、「18カ月で19の医薬品やワクチンを開発するという野心的な目標には、データとAIがきわめて重要。データを一元化し、セキュアな標準基盤を構築するためにAWSとの緊密な連携は不可欠だった」と述べた。
ファイザーでは、生成AIプラットフォーム「VOX」を構築しており、Amazon BedrockやAmazon SageMakerなどを通じて、社員がセキュアに大規模言語モデルにアクセスできる環境を用意。生成AIによる特許出願の初稿の作成や、医学・科学コンテンツ生成を通して人によるレビューと最終化の時間を削減している。また、臨床試験段階では、デジタルバイオマーカーを使った病状進行と介入の効果測定を行い、AWSを活用して厳しいセキュリティ要件を満たしながら、初期から後期臨床試験まで対応できるスケーラブルな環境を構築。さらに、製造装置からのデータを機械学習し、異常なデータを検出したり、メンテナンス時期を予測したりすることにより、装置のダウンタイムを大幅に削減したという。
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AWSでは、こうしたニーズに対応できる製薬業向けサービスとして、ゲノムやトランスクリプトーム、その他のオミックスデータの保存と変換処理により洞察を得るサービス「AWS HealthOmics」、医療情報(HL7 FHIR)を蓄積し、機械学習やBIツールからREST APIや使い慣れたSQLでデータ操作できる分析サービス「AWS HealthLake」、医用画像(DICOM)をペタバイト規模で保存・共有・分析できるストレージサービス「AWS HealthImaging」、患者と医師の会話から話者を識別し、文字起こしと生成AIを用いた臨床ノートを自動生成するサービス「AWS HealthScribe」を提供しており、今後もラインアップを広げていく。
AWSの東京リージョンでも、ゲノム解析をスケーラブルに実行するためのワークフローを構築できる「Amazon Genomics CLI」をオープンソースツールとして利用することができる。製薬業界向けの日本に対する投資も今後加速させるとしている。
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<関連リンク>:
AWS(日本語トップページ)
https://aws.amazon.com/jp/
AWSブログ(re:Invent 2023 新発表トップ10 − ヘルスケア・ライフサイエンス)
https://aws.amazon.com/jp/blogs/news/reinvent-2023-top-10-hcls-announcements-from-reinvent/
AWSブログ(Amazon Genomics CLI がオープンソースとなって一般提供を開始)
https://aws.amazon.com/jp/blogs/news/new-amazon-genomics-cli-is-now-open-source-and-generally-available/